アンクル・マカ

宇和島の居酒屋でマカがマンゴーを取り出した。
「マンゴーはハワイ語ではマナコって言うんだ」
「ふうん、マナコって日本では眼のことだよ」
「眼はハワイ語でマカだぞ。だからオレの名前は眼って意味なんだ」
……という具合に、ハワイ語と日本語の間には全くの同音で意味の違う言葉が多く、それだけでもけっこうな話題になる。たしかに、マカは眼だと思う。この人の眼はホントに澄んでいて、そしてイタズラっぽい子どものようでもある。僕はアンクル・マカがいるだけでなぜか安心する。それは僕だけではなく、初めて〈ホクレア・クルー〉と話す誰もが同じ印象を持つという。
マカは日本人の間で大変な人気者だ。

夜はホテルに泊まらずに、ほとんど〈ホクレア〉で寝ている。そして



夜中に〈ホクレア〉をこっそり見に来る人たちを、構わず乗せてしまう。遠慮する人もいれば土足で上がる人もいる。でも、マカはあまり気に留めない。僕は長い間ずっと〈ホクレア〉に乗ることはもちろん触ることも遠慮していたんだけど、
「Why Not? ホテルになんていつでも泊まれるだろう、でも〈ホクレア〉になんて二度と泊まれないかもしれないんだぞ」
というひと言で〈ホクレア〉に泊まることにした。正確に言えば寒くて寒くて、夜中にこっそりホテルに戻ったんだけどね。とにかくマカなのだ。口癖は「Why Not?」だ。

とは言えマカだって昼間は忙しい。だから話す時はいつも酒の席だ。そうです。マカは酒が大好き。で、当然魚も好きだ。だから僕たちは、夜中のワッチを続けるマカのもとに、念のためにこっそり酒を持って行く。
「〈ホクレア〉の上では酒は禁止なんでしょう?」
と聞いてみると、マカはイタズラっぽい眼で笑いながら、
「いや、例外もある」
とは言えもちろんカヌーを下りて、桟橋の上でちびちび飲み始める。その間にも、訪ねてくる人を〈ホクレア〉の上に案内する。
「ほら、ここに寝るのさ。こうして開ければいい。ほら、どうだい? 寝心地いいだろう。デッキの上でも、どこでも寝ることはできる。泊まって行くか?…… Why Not?」
そんな調子だから、この夜、寝るためのスペースは見物客で埋まってしまった。おかげでマカはデッキの上で寝ることになってしまった。シェアできるものは身を削ってでもシェアしようとする。だったら僕たちには、マカに対してシェアできるものがあるのだろうか?

僕の英語では伝えようとしたことの何割が伝わっているのかわからない。しかし、マカと話していると、いったい自分が何語で話しているのかもわからなくなることがある。この感覚……以前どこかで体験したけれど……そうなのだ。マカと話していると、まるでタイガーと話しているような気分になるのだ。そう言えば、横顔もちょっと似ている。
「カヌーの語源は森のようなものだな。森は木を作りだし、人は木を切り、家を建て、カヌーを作り海に漕ぎ出し、魚を捕る。そういう一連の大きな流れがカヌーなんだ」
その夜は、およそそんな話をした。

今でもPVSの公式ブログでは「日本の田圃を眺めながら、これはハワイの村と同じ構造だと思った」とマカは語っている。一本の川が谷を作り、途中にタロの畑ができて、畑が村を作り、海からはカヌーを漕ぎ出す。山から海に繋がる、ひとつの谷を単位としていた昔のハワイの社会。そこにカヌーの語源があるならば、カヌーとは世界そのものだということになる。なんてことを、〈ホクレア〉を横に見ながら、僕は眠いアタマでぼんやり考えていた。ただし、あんなに凄いものが横にあると、どうしてもモノの考え方が論理ではなく情緒に向かうね。やはり〈ホクレア〉の活動はアートに属するものなのではないだろうか、と今になって思う。

ご存じの通り、〈ホクレア〉から聞こえてくるホラ貝はマカが吹いている。だからと言ってホラ吹きじゃないぞ。米軍による爆撃演習の島とされ、地形までも変わってしまったカフォラヴェ島を米軍から取り戻すべく立ち上がった骨太ハワイアン。現在もカフォラヴェ在住。今回の航海では、ハワイ島出航から横浜まで、全航程の航海に加わる。本名はアトウッド・マカナニ。写真は撮ったんだけど、飲み屋のシーンばかりなので出すのは遠慮しておきましょう。ちょうど今、PVSブログのトップページにマカのポートレートが載っているので、そちらをご覧下さい。

なお、こんな話をしてしまうと、横浜で夜中に酒瓶を持った人の行列ができてしまいそうでちょっと心配。常に状況判断と遠慮するココロも持ち合わせていたいものです。昼間にマカと話すことができて、来いよと誘われたら行くというルールを作っておきましょう。僕もそうだったし。そしてもちろん、酒は無くてもいいんです。港によっては御法度かもしれないので、くれぐれもオトナの判断で。
by west2723 | 2007-06-02 21:50 | ホクレア


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