広島平和記念資料館〜その1

最終日は遅めの朝食を取って、もう一度平和記念資料館に行くことにした。前回は週末だったため非常に混雑していて、展示のひとつひとつをゆっくり見ることができなかったからだ。また、順路の途中にあるミュージアムショップで買っておきたい資料もあった。ここにあるような資料は、後でも他の売店や市内の書店で買うことができると思っていたんだけど、結局はここでしか買えないようです。
通販で買える資料もあるので、ご参考まで。

僕は被爆体験者の証言集を中心に買い集めましたが、朝日選書の『原爆体験記』や、子どもたちの被爆体験記『ピカドン』講談社・刊(この本は特にお勧めします。貴重な体験談としてはもちろんのこと、このような状況下でも家族を気遣う当時の子どもたちのようすを感じ取ってほしい)はネットでも買えます。
なお、今回広島に来るきっかけとなったCGはコチラ。中国新聞社による資料集はコチラ
# by west2723 | 2009-12-10 13:58 | 陸での話

しまなみ海道〜その2

クルマを運転している時には、実に多くのことを考える。考えてはいるけれど、運転に集中しているために、すべての考えは断片的で、脈絡がない。場合によってはその時、目に入ったものに反応しながら何かを連想しているだけで、結果的に何も記憶に残らないこともある。逆に、論理を越えた、とても素晴らしいアイデアが浮かぶこともある。
本州と四国を結ぶ高速道路を走りながら、僕が考えていたことはおよそ以下の通りだった。たいしたアイデアは浮かばなかったけど。

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# by west2723 | 2009-12-07 13:34 | 陸での話

しまなみ海道〜その1

まだ日の高いうちに鞆の浦の駐車場を発つことにした。次に来る時は、絶対に海の近くに宿泊し、朝日や夕日に染まる海を眺めながら過ごすのだ。ということで今回は混雑から撤退し、広島に戻ろう。
とは言え高速道路ばかり走っていても面白くないなぁ、なんて思い始めた頃、「しまなみ海道←」という表示をみかけた。「何、こんなところから四国まで行けちゃうわけ?」ということで、カーナビの制止を振り切って、迷わず今治方向への車線を選んだ。昨日の夜、瀬戸内カヤック横断隊はこのあたりにいるという話だった。彼らはさらに先へと進んでいるだろうけど、いったいどんなところを漕いで行ったのか、できれば少し見ておきたいとも思ったのだ。

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# by west2723 | 2009-12-06 16:33 | 陸での話

鞆の浦〜その2

福山市内からおよそ15キロ。カーナビの指示に従ってひとつ峠を越えると、工場や商店の看板には「鞆」の文字が目立ってきた。と思う間もなく右手には観光案内所が現れ、その左手前には福山市営と思われる駐車場が見えた。裁判になるくらいに道の狭い集落だと言うのだから、このあたりでクルマを置いて歩いた方がいいだろう。カーナビによると、鞆港までは歩いてほんの1キロほどだった。

日曜日で、ちょうど観光バスが続々と到着する時間帯。この静かな海辺には不釣り合いなくらい大勢の観光客で溢れ始めた。もちろん、僕もその観光客の中のひとりだ。初老を迎えたご夫婦、というおもむきの人たちが多い。彼らと一緒に行けば道に迷うこともないはず、と思いながら歩くうちに、間もなく道は港に突き当たり、対岸にはあのおなじみの常夜灯が見えた。

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# by west2723 | 2009-12-04 08:44 | 陸での話

鞆の浦(とものうら)〜その1

順序から言うと原爆ドームの後は平和記念資料館になるところだけど、そこで見たものを言葉にするにはかなりの時間が必要になりそう。ということで、少し話を先に進めます。
二日めの夜は、広島市内のホテルはどこも満室。初日に泊まったホテルのフロントによると、最近の広島市内のホテルは、週末になるといつもこのような状態だという。やはり、広島ブームはホンモノなのかも。てことで二泊目は福山市にホテルを予約し、翌朝、"噂の"鞆の浦へと向かった。

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# by west2723 | 2009-12-02 10:13 | 陸での話

原爆ドーム

朝、ホテルのフロントで聞いた道順の通りに歩いてみた。「電車通りを渡って真っ直ぐ行くと川にぶつかりますから、土手沿いに右に」。なぜかとても緊張している。子どもの頃に修学旅行で来ていれば何らかの免疫はできているだろうけど、ある程度いろいろ知ってしまったオトナになって初めて来るとなると、このような歴史を刻んだ土地を歩くのは、正直に言って精神的にかなりキツい。
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紅葉のキレイな土手に上り右に歩くと、やがて公園へと通じる元安橋が。そしてその橋の上から、見えました。これまで幾度となく写真や映像で見た原爆ドームだ。

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# by west2723 | 2009-12-01 10:57 | 陸での話

そうだ、広島へ行こう!

原爆によって破壊される前の、産業奨励館(=原爆ドーム)周辺の風景をCGで再現させる。そんな試みを行っている田辺雅章さんというCG作家の仕事ぶりがテレビで紹介されていて、なぜかココロがざわついてしまった。これまで考えたこともなかったけど、今は平和記念公園となっている広大なエリアには街があったというのだ。

街の様子は、僕が小学校時代を過ごした川崎大師駅前商店街の雰囲気に似ていて、今住んでいる月島の商店街にも似ている。原爆投下直前の街のにぎわいが、自分の記憶と重なる。焼け野原となった広島の姿は何度も写真で見ているけれど、こうして、原爆が落ちる前の街の様子がわかると、そこで何が破壊されたのか、核兵器とはどのようなものなのか、より深くリアルに理解できるように思う。

行くなら今かな? と思った。僕はこれまで日本中のほとんどの大都市に行ったことがあるけれど、なぜか広島にも長崎にも行ったことがないのだ。写真や映像でさんざん見慣れたつもりの平和記念公園や原爆ドームでさえ、一度も自分の目で見たことが無い。〈ホクレア〉がやって来たあの夏にも行けなかったくらいだから、僕の広島との無縁ぶりはかなりのものだったのだ。

「日本人だったら、平和記念資料館には一度は行かにゃあ〜ダ〜メですよ」という、テレビ新広島のダミさんの言葉には逆いようもなく、「そんじゃオバマ大統領の代わりにオレが行く」ということになった。中国では万里の長城を歩く余裕があったくせに、日本にいながら広島に行かなかったオバマ大統領のもったいぶった態度が不満だった。抹茶アイスの話程度で、僕は騙されないのだ。

そしてもう一つ、この時期に広島に行く理由は、この街が全国的なブームとなる予感があるからだ。
今年に入って、東京のニュースに「広島」が登場することがとても多い。きっかけは言うまでもなくオバマのプラハ演説で、それに対して広島市長が敏感に反応し(ただし、オバマジョリティという安易なネーミングはやめてほしいけど)、長崎市と共にオリンピックに立候補したり、県に無断で立候補するなんてケシカラン、な〜んて広島県知事からツマラン注意を受けたり。

オバマ政権下で新任の駐日アメリカ大使が、着任早々広島の平和資料館を見学に行ったというニュースが流れた。鞆の浦の景観訴訟で勝訴、というニュースもあった。西条市にある酒類総合研究所の予算が事業仕分けで削られた。広島出身のPerfumeが絶好調……。こうしてサブリミナル広告のように、僕の頭の中には「広島」という地名が刷り込まれて行った。
ということで、行ってきました。たったの3泊だったけど。
# by west2723 | 2009-12-01 00:08 | 陸での話

瀬戸内カヤック横断隊、西へ向かう

ご存じ、Uddah番長率いる瀬戸内カヤック横断隊が、現在、祝島へ向けて航海中です。リンクには途中経過が非常に塩っ辛く紹介されていますので、無事を祈りつつ、ぜひご覧ください。寒そうです。
〈ホクレア〉のナビゲーターもビビった潮流を漕ぎ続けるには、かなりの腕が必要になるのでしょう。彼ら日本のトップカヤッカーたちの、「毎年地道に続けている感じ」には強い共感を覚えています。
僕もこの週末、別件で広島へ行きますが、彼らを探して会いに行くのはムリそう。ご武運を!
# by west2723 | 2009-11-26 17:36 | 海での話

「政治ブーム」の今だから、〈ホクレア〉について

僕はあんまりテレビというものを観ないけど(観始めると何もせず、あっという間に1日が経っちゃうからで、決してカッコつけているわけじゃありません)、最近は政治がらみの話題が多く、観ておかないとまずい話題もあるので、ついテレビの前に長居してしまう。今回の内閣ってどこか「生徒会」のような印象があるけど、まとにかく、大臣というのは忙しいんだなぁ、と思う。僕にはとても務まりません。なんて、誰にも頼まれないだろうけどね。

だからこそ彼ら新閣僚の行く先々で、これまで見えなかった多くの問題が明らかになる。明らかになるだけでも大きな進歩だと思う。結果については別の評価が下るんだろうけど、今のところはいい感じですね。そう言えばアメリカの大統領も若手ビジネスマンのような印象だった。何たって、飛行機のタラップを駆け足で上っちゃうだけでも好感度アップというものだ。まとにかく、あれだけ大げさな選挙の末に念願の立場に就いたわけだから、大いに働いてもらいましょう。

とは言え今回は、政治の話ではありません。むしろこのブログではできるだけ政治の話はせずに、右の人にも左の人にも民主のヒトにも自民のヒトにも共産のヒトにも、誰にでも読んでいただける内容にしたいと思っています。で、今回は久々に〈ホクレア〉の話。政治と〈ホクレア〉について、ふと思ったことについて聞いてもらおうという次第です。
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今になってなお印象に残っていることは、〈ホクレア〉にはまったく政党色や宗教色が感じられなかったということなのだ。とは言え政党の色彩が濃いヒトたちはいろいろ近寄って来ていたし、何となく宗教的だね、という感想を聞くことも多かった。しかし〈ホクレア〉や〈ホクレア〉クルーは、そのような「意図」とはまったく別次元にあった。だからこそ、誰もがあれほど〈ホクレア〉に対して無防備に接することができたのではないかと思っている。

だってそうでしょう? ハワイから航海機器を何も持たずに日本までやって来たというカヌーを港に見に行きたいと言う気持ちには、民主も自民も関係ない。右も左も無い。自動車会社の人にも自衛官の中にも見に行きたい人はいるだろうし、エコな人たちも森ガールたちも見に行きたいだろうし、反原発の人だけではなく電力会社勤務の人が見に行きたいと思ったって大歓迎だ。〈ホクレア〉の前では誰もが平等。まずは〈ホクレア〉を見て、みんなが何かを思えばそれでいいのだ。

〈ホクレア〉は、ただいつもの方法で日本にやってきただけだ。そこに主張があるとすれば、「人には丸腰のまま、カヌーで太平洋を渡ってしまう知恵が備わっている」ということ。そして「その能力を引き出すためには、カヌーの上は常に平和でなくてはならない」ということ。そして「クルーの一人一人が、全員に対して自分にできる最大限の貢献をするということ」、そして「クルーの一人一人が全員から必要とされていること」

そのような〈ホクレア〉が、仮に「ワタシは◯◯党を支持します」なんて立場に回ってしまったら、その瞬間からみんな夢から覚めちゃうんじゃないだろうか。もちろんこれからも、そんなことには絶対にならない。〈ホクレア〉は、あくまでも現代流の伝統航海術を実践するカヌーに過ぎないのだ。だからこそ〈ホクレア〉なのだ。それ以上の意義は、周りで観ていた僕たちが思い思いに解釈すればいい。なんてことを、「政治の季節」にふと思った次第。これからも、あの無防備な〈ホクレア〉やクルーが、政治的なことに、政治のからむ無粋な話に、巻き込まれて行かないことを願うばかりです。
# by west2723 | 2009-11-17 01:28 | ホクレア

下弦の月

このところ、月がキレイだと思いませんか? 秋だからかな。
で、さっき、ジムの帰りに空を見上げたら、雲ひとつない夜空にレモンのような下弦の月が浮かんでいました。
あまりに美しかったので、紙パックの日本酒を買って来て、沖縄名物「マグロジャーキー」を部屋から持ち出して、隅田川沿いのベンチで眺めていたらすっかりカラダが冷えてしまった。
傍目に見るとアヤシいオヤジそのものだったと思いますが、いいじゃありませんか。
今日は立冬ということで、いよいよ年末に向かいます。皆さん、カゼには注意しましょう。今年のカゼは、シャレになりません。
# by west2723 | 2009-11-07 22:43 | 陸での話

CO2削減よりも、新鮮な酸素の供給にこそ僕は関心がある

前回の文章で長々と書いたけど、僕が最も環境に望むものは新鮮な酸素なのだろうと思う。そのためには森が必要で、海にはサンゴが欠かせない。Uddahさんの話によると、沿岸の藻類だってバカにならず、海の砂漠化を食い止めなくてはならないらしい。ご存じの通り、彼らはいずれもCO2を吸収して酸素を排出してくれるので、結果としてCO2削減と同じことを言っているんだけど、「CO2が多すぎる」と言われるよりも「酸素が足りない」と言われた方が、より切実な感じがするでしょう?

いずれにしても、新鮮な酸素を作り出してくれる海や森を始めとする自然は、目に美しいものばかりだ。生命を守ってくれる自然が美しく見えるのは、きっと生き物としての本能なのだろう。だからこそ、コンクリートの大きな建物やプラスチックの小さなゴミなど、自然の景観から浮いたもの、自然の中にあって美しく思えない人工物などは、何らかのカタチで生態系を脅かすものだと直感できる。環境を考えるにあたり、このあたりの美醜を見分けるセンスは意外に大切なのかもしれない。

ところで僕が子どもの頃、「環境」や「地球」という言葉は今のような使われ方をしていなかったように思う。どちらかというと「自然」という言葉の方が一般的だった。たとえば山登りで山頂に立ったおじいさんは、深呼吸をしながら「やはり自然はいいなぁ」と言っていたけど、「やはり地球はいいなぁ」とは決して言わなかった。その後に「やはり自然は大切にしないとな」という言葉が続くことはあっても、「地球を大切に」とか「環境を守ろう」だなどと大それたことは言わなかった。

それがいつ頃から、なぜ、恥ずかしくもなく使われるようになったのか? その頃の時代背景と、使い始めた人々、彼らが使い始めた理由を知ることによって、今の環境問題が抱える問題(何だか複雑な言い方だな)を解き明かすヒントになるように思う。いったいいつ頃なのだろう。少なくとも、アポロが撮った地球の写真以降の話だろうけど。
# by west2723 | 2009-10-29 21:41