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Into the Purple Valley

去年の秋、出版社からの脱藩者となった僕としては、ぜひとも龍馬の脱藩ルートを辿って土佐を脱出してみたかった。しかし、前の晩から四国全域が豪雨に見舞われ、とても山道を走れる状態ではない。ということで脱藩ルートは次回に譲って、高知市内からおとなしく高速道路に乗った。週末だから、土佐から長州まで高速割引料金で行ける。がしかし、坂本龍馬が望んだのは果たしてこういうヨノナカだったのかどうか。

にしても四国の山は険しい。高知から北へ向かう高速道路の半分はトンネルなんじゃないだろうか? 道の両側を山が包み込むような感じ。時折スコールのような雨が襲いかかる。僕のアタマの中では、昨日の夜以来、ペギー葉山さんの(この人、今の若いモンたちは知らないんだろうなぁ)「南ぁん国ぅ〜土ぉ〜佐ぁ〜を、後にぃ〜しぃ〜て〜」という曲が鳴りっぱなしなんだけど、一方で、ビジュアル的にはライ・クーダーの『Into the Purple Valley』のジャケ写が浮かんでは消えていた。そのジャケ写とはこんな感じ。ただし、隣に女の子は座っていなかったわけだが。
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高速道路が谷を越えるとき、ちらりと昔の峠道が見える。この険しい道を、今のようなアウトドア装備も無く、木綿の服とワラジだけを頼りに、追われる身として逃げ出すのはホントに命がけだったはずだ。無事愛媛県に出るまで、いったい何日くらいかかったのだろう。試しに今、トレイルランニングの装備に一日分の食事を用意して同じルートを走ったとしても、これほど深い山には何が潜んでいるかわからない。かなり危険だと思う。

峠を越え、愛媛県側に入ると、雨は幾分小降りになった。ところで「しまなみ海道」へ向かうには、いったん高速道路を降りなくてはならないんだね。知らなかった。てことは、高速料金は2000円になるということか。去年の暮れにも走ったしまなみ海道、アロハ・アゲイン。この道は自転車でも渡れるんだけど、あいにくこの天気では試す気にはなれない。往復でちょうど100マイルくらいのコースではないだろうか? ここもまた、次の機会に来よう。いずれにしても、四国という島は2日や3日で回れるはずもない。次回は秋頃、2週間くらい空けて、じっくり来ないといけないな。
by west2723 | 2010-05-31 22:33 | 陸での話

桂浜

徳島県池田市を出たのが朝の9時頃。「龍馬ブーム」の真っただ中、週末の高知に向かうのは危険なことかもしれないけれど、恐いもの見たさも手伝って、カーナビを桂浜にセットしてみた。大歩危渓谷を眺めながら、のんびり走って11時には桂浜に到着。この時間にはブームはそれほど加熱していなくて、駐車場にもすんなり入れたし、観光客の姿もまばらだった。海の水は青く、波は穏やかで高さは脛、トロめのブレイクといったところ。今、ここにカヌーがあればなぁ、と思わずにいられない光景だった。
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僕が司馬遼太郎の『龍馬がゆく』を読んだのは学生の頃だった。そして誰もが同じ感想を持つように、あの人物の先を見通す能力、発想のオリジナリティ、平和裏にモノごとを解決する能力、ケンカの強さ、オトコとしての大きさ、などなどに、強く憧れたものだった。一方で、坂本龍馬に憧れるあまり人生を狂わせてしまったヤツにも多く出会った。龍馬を語るサークルの先輩や会社の上司ほど鬱陶しい者はなかった。坂本龍馬のような人物を目指してはいけないのだ。あの人物は、歴史上に唯一無二だからいいのだ。そもそも、龍馬自身が誰も進んだことの無い道に分け入ったのだから、憧れるからにはマネをしても空しいばかり。さらに険しいオリジナルの道を進まなくてはいけない。
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司馬遼太郎の龍馬では、おしまいの方に龍馬がお忍びで土佐に帰り、船からこっそり桂浜に上陸するシーンがある。僕はなぜかあの場面が好きだった。まさかその浜に、自分の銅像が立つなんて、本人は想像さえしていなかっただろう。それにしても、おなじみの像はデカかったなぁ。5月いっぱいは像の隣に写真のような台が組まれていて、真横から龍馬像を撮影することができる。1回100円。そのバカバカしさがうれしくて、ワイドレンズを装填して上ってみたら、こんな写真が撮れました。
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まだ電気も無かった時代、見よう見まねの航海術を頼りに、木造の蒸気船で江戸、神戸、瀬戸内海、関門海峡、長崎へと出て行く行動力と勇気は、冒険の足りない僕にはとても想像がつかない。以降、幕末から鉄道網が完成する明治半ば頃までの間、日本列島では船が最も速く、重要な交通手段となる。きっと、僕がフェリーでやってきたあの航路を、覚えたての航海術で下級武士たちが行き来していたのだ。やはり、日本列島に住む限り、海を忘れたら道を見失ってしまう。これからでも遅くはないから、もっと海に出なきゃイカンね。
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ところで話は変わりますが、高知の人たちってウワサ通り、ホントに酒飲むよね。この写真の賑わいは、まだ夕方の5時ちょっと過ぎ。ちなみに4時頃からこんな感じでした。もっともここは高知市の中心部にある『ひろめ市場』という大きな屋台村だから観光客も多かっただろうけど、酒飲みにはタマランですね。僕はドラマですっかりおなじみとなったナマの土佐弁が聞きたくて、あちこちのテーブルで聞き耳を立てていたんだけど、それほど「……ぜよ」は聞けなかった。「……ろう」はけっこう聞けた。なんにしても高知の街、けっこう賑やかでラテンでした。この街はホントに気に入った。ぜひまた近いうちに、ゆっくり時間をかけて行ってみたいと思う。
by west2723 | 2010-05-31 20:38 | 陸での話

吉野川

午後1時30分頃、徳島に上陸。翌日の夜に高知で友人に会う予定があったけれど、それまでの1泊2日はフリーだ。徳島から海沿いに高知に行けば、県境のあたりに村を挙げて町村合併を拒んだ「日本でいちばん美しい村」連合の馬路村がある。そこにはぜひ行っておきたいと思いながらも、吉野川という川も非常に気になっていた。ここは楽園写真家と呼ばれる三好和義さんの故郷で、タヒチの写真を撮り集めている頃から吉野川にも通い、やがて写真集を出版した。自然の恵みを巧みに利用しながら生きる故郷の人々を、愛情ある視線で追った写真集は今でも印象に残っている。ということで、当時新進の写真家として絶頂期を迎えていた三好氏がこだわった故郷に敬意を払い、まずは吉野川沿いに上流まで遡り、そのあたりで宿を決めることにした。無ければどこかの道の駅で車中泊しちゃえばいいのだ。
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高速道路は使わずに、下の国道沿いに進む。新緑のこの季節、日本国内を旅行するには最高の季節じゃないかと思う。とは言え国道沿いは日本国内どこにでもあるような建物ばかりでツマラナイけれど、時折姿を見せる吉野川のお陰で何度も脇見運転をしてしまう。下流域も過度な護岸はされておらず、流域には広大な農地が広がる。山がちな、狭い四国の中にあって、吉野川の周りだけは空が広いという印象。明治の頃から何も変わっていないような田園風景を走り、やがて中流域の脇町に道の駅があったのでクルマを停めた。吉野川の土手を上ってみると、遠くに沈下橋が見えた。沈下橋とは、洪水になっても流されないように水の抵抗をきわめて小さく作る橋のことで、橋桁が低く、欄干は無く、幅も狭い。このような橋は四万十川でよく見たけれど、吉野川にもあるとは知らなかった。この橋はクルマも通れるけれど、幅は3~4mくらい、手すりも欄干も無いので、歩いて渡るのも怖いよ。
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かなり上流の池田市に来ると川はこんな感じ。池田と言えば高校野球で有名だった池田高校のある街だな。通り沿いに一軒、なぜかビジネスホテルがあったので覗いてみたら宿泊OKだった。通りの両側は険しい山がそびえ、午後17時には日が沈んでしまった。池田高校は打撃が強く、やまびこ打線なんて呼ばれていたけれど、国道沿いはそんなにのどかな雰囲気ではなかったな。とにかく絶え間なくトラックやクルマが通るので、やまびこなんて聞こえてくるはずもないのだった。
by west2723 | 2010-05-31 18:13 | 陸での話

海の道、入門編

一日一便のフェリーのためにこの施設。これがもしも霞ヶ関の公益法人によって運営されていたら、きっと事業仕分けの対象になるだろう。そのくらいもったいない施設なんだけど、今回はそういう話ではない。何より僕のココロを動かしたのは、こんな都心から、自宅からクルマで5分ほどの近所から、船で旅に出ることができる、ということだった。

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by west2723 | 2010-05-31 13:10 | 陸での話

東京・有明にフェリーターミナルがある

コトの起こりは東京・有明にフェリーターミナルを発見したことだった。今月のとある暖かい一日、自転車で湾岸エリアを流していた時に「→東京フェリーターミナル」という道路標示を見つけたのだ。もちろん、以前からこの表示はあったし見たこともあったんだろうけど、「見る」ことと「興味を持つ」こととは全く意味が違う。まとにかく、この時に初めて興味を持ったのだった。

フェリーターミナルというものは、どの街に行ってもたいてい殺風景で寂しい工場地帯の隅っこにある。走っているクルマといえばトラックばかりだし、こんなところには普通、用もないのに行こうとは思わないものだ。それがまた、人々からフェリーを遠ざける理由になっている。空港だったら見学者もいるし、飛行機を見ながら食事をすることもできるけど。

ターミナルビルは意外に立派な建物だった。ヒマな地方空港ビルを少し小さくしたようなオモムキ。ただし、中に入っても誰〜れもいないのだ。使えるのは自販機とトイレくらい。ちょっと見には廃業してしまったか、あるいは週に一便くらいしか船が出ていないんじゃないかと思えるほどの寂しさだ。がしかし、タイムテーブルを見ていたら毎日一便出ていることがわかった。行き先は徳島、そして北九州。毎朝5時30分に徳島からの船が入り、毎晩19時に徳島行きの船が出る。不定期ながら苫小牧行きの船もあるらしいし、少し離れた埠頭からは沖縄行きのフェリーも出ていることがわかった。
by west2723 | 2010-05-30 18:05 | 陸での話

日めくりカレンダー

このところTwitterにうつつを抜かしていると思われているようですが、一日に一回、欠かさずここにも巡回してますよ。ところで日めくりカレンダー、今になってとんだ間違いに気づき、イチからやり直してます。早くしなくてはいけない。もう〈ホクレア〉は熊本に着いちゃったよ。

ところで西村一広さんのブログが、「熊本の打瀬船が〈ホクレア〉と同じルートを辿って東京湾まで向かう」という情報を伝えています。途中、広島県・鞆の浦で何らかのイベントがあるかも、とのことですが、僕は行けるかどうか、今は微妙なところ。
by west2723 | 2010-05-13 17:20 | ホクレア

Twitter

「あんなもの、オトコのやることじゃないだろう」
な〜んて言いながら長いこと食わず嫌いでいたんだけど、とうとう始めてしまいました。
このおかげで、コンピュータに向き合う時間が短くなりました。
ダライ・ラマ師からの短いメッセージが毎晩届くというだけでも、始める価値があるってもんです。

しばらくの間はフォローを増やさず、ジミに展開しますが、いつでも覗きに来てください。
長い話はこっちで、短くてすむ話は向こうで、というイメージです。
http://twitter.com/west1173

なお、日本航海期間中のリメイクも毎日少しずつ制作中。
日めくりカレンダーのような感じに仕上げたいのですが、近日公開、できると思います。
by west2723 | 2010-05-02 00:43 | 陸での話