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情報の地産地消

『美少女図鑑』というフリーマガジンがある。これはもともと新潟県在住のスタッフにより新潟県限定で発行されていた雑誌で、創刊当初は発行するたびに間もなく品切れになるという状態が続いたという。今では東京を除くほとんどの道府県で編集され、それぞれの地元限定で発行されている。内容的には特に驚くようなことのない、どこにでもあるような10代女性向けのファッション誌なんだけど、気になる理由は徹底的に地元に情報を求めるその編集スタイルにある。

続きを読むとポイント2倍!(ウソです)
by west2723 | 2009-12-31 19:05 | 雑誌作り

シャッター商店街にメリークリスマス

神奈川県の真ん中あたり、新興住宅地の中に作られた、店舗数16軒ほどの小さな商店街がある。
僕が十代の頃から通っていたこの商店街には、かつて床屋や化粧品店、書店や電器店、八百屋もあれば魚屋も酒屋もパン屋も学習塾もあって、けっこう賑わっていたもんだった。
それが今、営業しているのは6軒ほど。他の商店は何度か店舗の入れ替えを繰り返しながら、ここ数年、すっかりシャッターを下ろしたままになっている。

今日、久しぶりにその商店街で買い物をした。夕方だというのに客のまばらなスーパーでは缶ビールと蛍光灯の替えを買い、たまにしかやって来ないお客にも元気に応対する八百屋では、リンゴと柿を買った。そして日没。すると、何とビックリ、クリスマスのイルミネーションが灯ったのだ。

残り少なくなった商店でおカネを出し合って飾ったのだろうか? だからこそショボいと言えばショボいイルミネーションなんだけど、何かこう、あの光を見た瞬間に胸に迫るものがあって、しばらく立ち止まって眺めてしまったのだ。缶ビールなんて買っていないで、もっと高い酒を買うんだった。

メリークリスマスという言葉、神社仏閣を愛する僕にはどうにもピンと来ないんだけど、こういう時には使えるように思う。日本では、クリスマスが年末にあることに大きな意味があるようだ。
メリークリスマス。今年もこうして、商店街はどうにか一年を終えることができそうです。また来年も頑張って、みんな元気で明るい一年を送ることができますように。
by west2723 | 2009-12-23 17:50 | 陸での話

広島平和記念資料館〜その2〜広島完結編

8月でもないのに、もう年末だというのに、なぜこんなに原爆のことばかり考えているんだろう?
とは思いながらも、これは本来、時期を問うテーマでもないはずだし、一度考え始まると止まらない性格なので、これを最後に、もう一度まとめておきます。

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広島の平和記念資料館は、チェ・ゲバラやマザー・テレサ、最近ではブルース・スプリングスティーンなどなど、世界中の非常に多くの人に影響を与えた資料館であり、先日も日本に初めてやって来た新任のアメリカ大使が、着任早々この資料館を訪れ、かなりの衝撃を受けていた。そのような場所となると僕も入る前から緊張してしまうけれど、このために広島まで来たのだ。とにかく扉を開こう。

入ってまず最初に、入館料に驚いた。これほどの展示内容がありながら、大人ひとり、たったの50円だもんなぁ。ひとりでも多くの人に見てもらうために、このような料金になったのだと理解した。

順路→
by west2723 | 2009-12-23 11:59 | 陸での話

広島平和記念資料館〜その1

最終日は遅めの朝食を取って、もう一度平和記念資料館に行くことにした。前回は週末だったため非常に混雑していて、展示のひとつひとつをゆっくり見ることができなかったからだ。また、順路の途中にあるミュージアムショップで買っておきたい資料もあった。ここにあるような資料は、後でも他の売店や市内の書店で買うことができると思っていたんだけど、結局はここでしか買えないようです。
通販で買える資料もあるので、ご参考まで。

僕は被爆体験者の証言集を中心に買い集めましたが、朝日選書の『原爆体験記』や、子どもたちの被爆体験記『ピカドン』講談社・刊(この本は特にお勧めします。貴重な体験談としてはもちろんのこと、このような状況下でも家族を気遣う当時の子どもたちのようすを感じ取ってほしい)はネットでも買えます。
なお、今回広島に来るきっかけとなったCGはコチラ。中国新聞社による資料集はコチラ
by west2723 | 2009-12-10 13:58 | 陸での話

しまなみ海道〜その2

クルマを運転している時には、実に多くのことを考える。考えてはいるけれど、運転に集中しているために、すべての考えは断片的で、脈絡がない。場合によってはその時、目に入ったものに反応しながら何かを連想しているだけで、結果的に何も記憶に残らないこともある。逆に、論理を越えた、とても素晴らしいアイデアが浮かぶこともある。
本州と四国を結ぶ高速道路を走りながら、僕が考えていたことはおよそ以下の通りだった。たいしたアイデアは浮かばなかったけど。

→続き
by west2723 | 2009-12-07 13:34 | 陸での話

しまなみ海道〜その1

まだ日の高いうちに鞆の浦の駐車場を発つことにした。次に来る時は、絶対に海の近くに宿泊し、朝日や夕日に染まる海を眺めながら過ごすのだ。ということで今回は混雑から撤退し、広島に戻ろう。
とは言え高速道路ばかり走っていても面白くないなぁ、なんて思い始めた頃、「しまなみ海道←」という表示をみかけた。「何、こんなところから四国まで行けちゃうわけ?」ということで、カーナビの制止を振り切って、迷わず今治方向への車線を選んだ。昨日の夜、瀬戸内カヤック横断隊はこのあたりにいるという話だった。彼らはさらに先へと進んでいるだろうけど、いったいどんなところを漕いで行ったのか、できれば少し見ておきたいとも思ったのだ。

例によって続きはコチラ
by west2723 | 2009-12-06 16:33 | 陸での話

鞆の浦〜その2

福山市内からおよそ15キロ。カーナビの指示に従ってひとつ峠を越えると、工場や商店の看板には「鞆」の文字が目立ってきた。と思う間もなく右手には観光案内所が現れ、その左手前には福山市営と思われる駐車場が見えた。裁判になるくらいに道の狭い集落だと言うのだから、このあたりでクルマを置いて歩いた方がいいだろう。カーナビによると、鞆港までは歩いてほんの1キロほどだった。

日曜日で、ちょうど観光バスが続々と到着する時間帯。この静かな海辺には不釣り合いなくらい大勢の観光客で溢れ始めた。もちろん、僕もその観光客の中のひとりだ。初老を迎えたご夫婦、というおもむきの人たちが多い。彼らと一緒に行けば道に迷うこともないはず、と思いながら歩くうちに、間もなく道は港に突き当たり、対岸にはあのおなじみの常夜灯が見えた。

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by west2723 | 2009-12-04 08:44 | 陸での話

鞆の浦(とものうら)〜その1

順序から言うと原爆ドームの後は平和記念資料館になるところだけど、そこで見たものを言葉にするにはかなりの時間が必要になりそう。ということで、少し話を先に進めます。
二日めの夜は、広島市内のホテルはどこも満室。初日に泊まったホテルのフロントによると、最近の広島市内のホテルは、週末になるといつもこのような状態だという。やはり、広島ブームはホンモノなのかも。てことで二泊目は福山市にホテルを予約し、翌朝、"噂の"鞆の浦へと向かった。

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by west2723 | 2009-12-02 10:13 | 陸での話

原爆ドーム

朝、ホテルのフロントで聞いた道順の通りに歩いてみた。「電車通りを渡って真っ直ぐ行くと川にぶつかりますから、土手沿いに右に」。なぜかとても緊張している。子どもの頃に修学旅行で来ていれば何らかの免疫はできているだろうけど、ある程度いろいろ知ってしまったオトナになって初めて来るとなると、このような歴史を刻んだ土地を歩くのは、正直に言って精神的にかなりキツい。
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紅葉のキレイな土手に上り右に歩くと、やがて公園へと通じる元安橋が。そしてその橋の上から、見えました。これまで幾度となく写真や映像で見た原爆ドームだ。

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by west2723 | 2009-12-01 10:57 | 陸での話

そうだ、広島へ行こう!

原爆によって破壊される前の、産業奨励館(=原爆ドーム)周辺の風景をCGで再現させる。そんな試みを行っている田辺雅章さんというCG作家の仕事ぶりがテレビで紹介されていて、なぜかココロがざわついてしまった。これまで考えたこともなかったけど、今は平和記念公園となっている広大なエリアには街があったというのだ。

街の様子は、僕が小学校時代を過ごした川崎大師駅前商店街の雰囲気に似ていて、今住んでいる月島の商店街にも似ている。原爆投下直前の街のにぎわいが、自分の記憶と重なる。焼け野原となった広島の姿は何度も写真で見ているけれど、こうして、原爆が落ちる前の街の様子がわかると、そこで何が破壊されたのか、核兵器とはどのようなものなのか、より深くリアルに理解できるように思う。

行くなら今かな? と思った。僕はこれまで日本中のほとんどの大都市に行ったことがあるけれど、なぜか広島にも長崎にも行ったことがないのだ。写真や映像でさんざん見慣れたつもりの平和記念公園や原爆ドームでさえ、一度も自分の目で見たことが無い。〈ホクレア〉がやって来たあの夏にも行けなかったくらいだから、僕の広島との無縁ぶりはかなりのものだったのだ。

「日本人だったら、平和記念資料館には一度は行かにゃあ〜ダ〜メですよ」という、テレビ新広島のダミさんの言葉には逆いようもなく、「そんじゃオバマ大統領の代わりにオレが行く」ということになった。中国では万里の長城を歩く余裕があったくせに、日本にいながら広島に行かなかったオバマ大統領のもったいぶった態度が不満だった。抹茶アイスの話程度で、僕は騙されないのだ。

そしてもう一つ、この時期に広島に行く理由は、この街が全国的なブームとなる予感があるからだ。
今年に入って、東京のニュースに「広島」が登場することがとても多い。きっかけは言うまでもなくオバマのプラハ演説で、それに対して広島市長が敏感に反応し(ただし、オバマジョリティという安易なネーミングはやめてほしいけど)、長崎市と共にオリンピックに立候補したり、県に無断で立候補するなんてケシカラン、な〜んて広島県知事からツマラン注意を受けたり。

オバマ政権下で新任の駐日アメリカ大使が、着任早々広島の平和資料館を見学に行ったというニュースが流れた。鞆の浦の景観訴訟で勝訴、というニュースもあった。西条市にある酒類総合研究所の予算が事業仕分けで削られた。広島出身のPerfumeが絶好調……。こうしてサブリミナル広告のように、僕の頭の中には「広島」という地名が刷り込まれて行った。
ということで、行ってきました。たったの3泊だったけど。
by west2723 | 2009-12-01 00:08 | 陸での話