カテゴリ:陸での話( 112 )

節分

すでに何度か書いた通り、平日の僕は東京湾岸の高層ビルに住みついている。ところでこんなビルに住む人たちも、けっこう豆まきをやるんですね。仕事の帰り、近所のスーパーに寄ってみたら豆まき用の豆は売り切れていた。感心感心。なんだけど、高層ビルのあちこちから豆なんてまいたら、けっこう危ないんじゃないだろうか、なんてことも思った。とりあえず、ひいらぎだけは残っていたので、買って来て玄関にさしておきました。これで安心、と。さあ、寝よ。
by west2723 | 2009-02-03 22:31 | 陸での話

箱根駅伝の空撮

選手が走っているだけなのに、マラソン中継ってなぜ何時間も見ていて飽きないんだろう? と思いながら今年も見てしまいました、箱根駅伝。南関東地方は昨日に続き雲ひとつ無い快晴ということで、相模湾の空撮が美しいです。弓形に広がる青い海の向こうは三浦半島。そしてもう一方には丹沢、箱根、そして富士山。さらに遠くには伊豆半島。もしも明日ヒマだったら、ぜひともテレビ観戦してみてください。

みんな湘南海岸は水がキタナイと言うけれど、あれはあくまで砂の色がグレーだから濁って見えるだけなんじゃないかと思う。少し沖に行けば日本中のキレイな海と変わらないけど、空撮を見ればその美しさは確信できる。特に上空から見た烏帽子岩、周りの水が澄んでいるようすにココロ洗われました。いつも、あの周りをカヌーで回っているんだなぁ、なんて思っているうちに、自分の家の近くにこのような海があることに感謝したくなるのだ。

ところで、箱根駅伝の開催される1月2日は、あの佐久間洋之助さんが葉山沖で行方不明になった日でもある。あの日は曇りがちのとても寒い日だった。駅伝中継が終わった夕方、知り合いのメールでそのニュースを知った。そして発見されたのは翌1月3日。とても身近なところにいながら生前は会うことができなかったけど、彼については多くの人から話を聞いていたので他人とは思えないのだ。〈ホクレア〉がハワイに帰った後、マカさんが葉山に来たときも、彼の写真にお線香を上げていた。

ということで、今では箱根駅伝のたびに、あの笑顔の青年を思い出すことになってしまった。
そして今年もまた、美しい相模湾と、若くしてこの世を去ったビッグウェーバーに、合掌。
by west2723 | 2009-01-02 21:34 | 陸での話

テレビ新広島の新番組、劇的に制作中

メディアの世界では最も〈ホクレア熱〉に冒された人物と思われるテレビ新広島のダミさんが、この連休に関東に現れた。サッカー中継の合間を縫いながらハワイに通っているという。かつて〈ホクレア〉の取材で出会ったハワイ在住、日系二世のお婆さんの縁者が広島にいる、という情報を手がかりに、番組を通じて彼女の親戚を捜し出すというドキュメンタリーらしい。自分の血縁を知らないまま孤独に80代半ばを迎えた彼女にとって、この試みがどれほど救いになったことだろう。

オンエアは来年3月の予定らしいけど、例によって全国ネットで観ることはできない。まぁ、今回はハワイと広島で完結する話なので、ローカル放送になることは当たり前なのかもしれないけどね。
それにしても〈ホクレア〉の追っかけで見せつけてくれた地方のメディアのパワーやハートやフットワークなどなどを、ここで再び全国に見せつけてやってほしいと思うよ。キー曲にいたら、なかなかこんな企画は通らないんだろうと思うから。

こんな話を聞いていると、〈ホクレア〉の蒔いて行った種が着実に芽を伸ばし始めたことを実感するわけだけど、さらにうれしいことは、この取材をハワイ州観光局がサポートしており、彼らもスタッフとして帯同していたということなのだ。日本航海を終えて以降、再び観光局本来のビジネスに戻ったとばかり思っていたけれど、とんでもない。今なお日本航海の意義をディープに追究してくれていたというわけだ。

あの頃は、観光局の一見ビジネスライクなモノゴトの進め方に批判が集まったものだけど、あのような雑音を跳ね返す強い「意志」が無いと、とてもじゃないけど気まぐれな〈ホクレア〉を無事に横浜にゴールさせることなどできなかったはずだ。そして今、ほとんどの人が〈ホクレア後〉を模索している中、彼らは相変わらず日本航海を続ける「意志」を失っていなかったというわけ。これはあまりにお人好しな解釈なのかもしれないけれど、それでいいのだ。少なくとも、僕はこういう話に元気が出てしまうタイプなのだ。

誰でも思いつきでアイデアくらいは出すことができる。しかしアイデアを行動に変え、続けるということは、なかなかできないことだ。思いついたことを人にやらせようという人は多いけど、自分で始めようと言う人はなかなかいない。……言いたいことは山ほどあるけど、とにかく頑張らないとね。
ところでその番組、関東でオンエアされるためには、ギャラクシー賞でも取ってもらうしかないな。ダミさん、もうひと越え、頑張ってみてよ。
by west2723 | 2008-11-04 00:37 | 陸での話

キンモクセイ

午後遅く、相模原にある病院に行く用事があり、今日は1日仕事を休んだ。昼過ぎには雨が上がったので、早めに行って病院の近くにある巨大な公園を散歩してみた。あたり一面、ほんのり甘い香り。そうなのだ、キンモクセイなのだ。春の沈丁花と並ぶ、住宅街に漂う季節の香りの代表格。この香りが漂ってくると、散歩せずにはいられなくなる。こんな時は「ラン」などというアグレッシブなやつじゃなくて、あくまでも「散歩」でいいと思う。

平日だというのに、公園を歩いている人は多い。ほとんどが近所にお住まいと思しきお年寄りで、デイパックを背負って、けっこうな速さで歩いたり花を眺めたりしている。散歩慣れしている。近所にこんな公園があると、休みの日にわざわざ遠くまで出かける必要はなくなるだろうなぁ、と思う。キンモクセイの1日。一方ではセミが鳴いている。アジサイが咲いている。10月だというのにね。

チキュウオンダンカ、とまでは言いたくないけど、やはり、少しずつ気候が狂ってきていることだけは確かなようだ。最近は北海道のお米が売れているらしい。なぜなら、コシヒカリが開発された頃の新潟の夏の気候と、今の北海道の夏の気候がとても近いからなんだって。千葉に農家の友人がいるので、僕はいつも千葉県産コシヒカリの新米をいただきます。今のところ、相変わらずおいしいです。
by west2723 | 2008-10-06 23:22 | 陸での話

あの頃の〜未来に〜♪

新横浜で仕事が2件、その間に3時間も空くので「ご飯でも食べておこうかな」と思いながら歩いてみたんだけど、どのビルも、どの店も最近できたような歴史を感じさせない退屈なものばかりで入る気にもなれず、「そう言えば」ということで急に思い出したのが〈ラーメン博物館〉だった。かなりベタかな、とも思ったけど、たしかここには旭川の〈蜂屋〉が入っているはずだ。僕は特にラーメンにこだわりなどないけれど、〈蜂屋〉だけは時々思い出して、飛行機に乗ってでも食べに行きたくなることがある。ラーメンの薫製とでも言いましょうか、まとにかく、あのスープには何かヤバいものでも入っているんじゃないかというくらいの禁断症状を感じることがあるのだ。

で、この博物館、地下には昭和半ばの街を再現したスペースがある。昨今の「昭和ブーム」が始まる前から作られたスペースで、アカデミックとまでは言わないけれど、テーマパークとしての着眼は評価していいのではないかと思う。ビルの階段の古くささ、路地裏には小さな診療所、民家の窓にはわざわざ安っぽい花柄プリントの布が張られていたりして、確かにこうだった、と思い出すことがかなり多い。芸が細かい。設定が夕方だから、どこかの家の窓からは「鉄人28号」のテーマが聞こえてきそうだ。「巨人の星」では時代が今に近過ぎる。あくまでも「鉄人28号」なのだ。これが「鉄腕アトム」だったらやり過ぎだし、「月光仮面」ではちょいと昔に遡り過ぎじゃないかな。

と、気分が「鉄人」に至ったところで、僕はある強い思いに捕われた。このテーマパークが再現しようとした時代、つまり昭和の中頃には、今立っているこの場所、つまり新横浜(正確に言うと横浜市港北区小机町)で僕は少年時代を過ごしていた。あれはもう40年近くも昔のことだから、あの頃に較べれば、今は充分に未来と呼んでもいいと思う。『SMAP』の歌にもそんなフレーズがあったけれど、今、僕が立っている新横浜駅前こそが「あの頃の未来」なのだ。

今の子どもたちは「未来」について考えるのかな? と、ふと思った。「近い将来」ではなくて、あくまでも「遠い未来」。僕が子どもの頃はかなり考えていた、というよりも空想していたし、友だちとの会話の中にも「未来」という言葉はけっこう登場していたように思う。それだけ「夢」もたくさん見ていたんだろうと思う。

あの頃、第三京浜、鶴見川、新幹線、そして横浜線に囲まれた広大なエリアは一面の田んぼだった。そんな静かな田舎の上に不釣り合いな高架が架けられ、その上を時折新幹線がスッ飛んで行ったもんだった。新横浜の駅前には小さなバス停しか無かったし、あの田んぼの上でサッカーのワールドカップの決勝が行われるなんて考えもしなかった。しかし、それはあくまでも「行政」が机の上で行ったこと。多くの人にとっては受け身で関わってきたことに過ぎない。「未来」とは、もっと能動的で、夢があって、幸せになるために頑張って手に入れるような種類のものだ。

あれからオトナになる間、いったい何を手に入れたんだろう? 
鉄腕アトムは現れなかったし、2001年宇宙の旅には行けなかったし、国際救助隊に就職はできなかった。結局、手元に残ったのは携帯電話とiPodとプリウスくらいか。つまりナイノア・トンプソンが言うところの「小さな箱」ばかりだ。そして日本全国どこへ行っても新横浜駅前のような退屈なオフィス街が作られて行った、と。何だか、むなしいのぉ……。

などと、長々と書いた割にナカミが無いけど許してね。〈ラーメン博物館〉の話がとんでもない方向に飛躍してしまいました。つまり、あの頃の「未来」がこんなもんで良かったのかよ、という話。まあ、これからも時間が進む以上「未来」はあるわけで、何とかむなしくない方向に向かわなくてはいけないと、今からでも遅くはないはずだと、微力ながら思ってはいるんだけどね。
by west2723 | 2008-09-08 20:40 | 陸での話

竜巻に関する情報

テレビでオリンピックの中継を見ていると、時々「竜巻に関する情報」というテロップが現れるようになった。去年までこんなの見たことなかったし、やっぱ異常気象なのかなぁ、チキュウオンダンカと関係あるのかなぁ、なんて思って知り合いの気象予報士に聞いてみたら、あれは予報の精度が上がったからでしょう、という答えだった。なるほど。これまではそんな予報を出そうにも出せなかったということ。だったら昔から人知れず竜巻は発生していたのか、というとそんなことはなく、ここ数年極まりつつあるヒートアイランドの影響のひとつには違いない、という。つまり情報の精度が上がったところにヒートアイランドが一人歩きを始めたというわけです。

今日の夕方も隅田川沿いに走ってみようと思っていたら、かなりの夕立になったのであきらめた。でもこの雨は、昨日までのヒートアイランドに特有のタイプではなく、昔ながらの正統派の夕立だったように思う。今は雨も上がり、夜空には街の灯りを受けて、ところどころに雲が見える程度の快晴。この風だと明日は東京も涼しくなることでしょう。もうホロ酔い加減なので、走るのはムリ。散歩にでも出てみようかな、ちょいと門仲あたりまで。
by west2723 | 2008-08-21 20:23 | 陸での話

秋の気配

夕方6時頃、暗くなってきたので今日も雨が降るのかな、と思って空を見上げてみたら晴れていた。日が短くなってきたのだ。仕事を早めに切り上げて、歩いて帰る途中、セミの大合唱ではなくコオロギの声を聞いた。昼間は相変わらず33度の残暑だったけど、いつの間にか季節は変わってしまうんだなぁ、と思った。

今日は帰ってすぐにはビールを飲まず、軽く30分くらい走ってみようと思った。ところが調子が良くて1時間を超えた。これも季節が変わった証拠だ。夏の間は冬の半分も走れなかったもんなぁ。ここはヒートアイランド、東京・隅田川。アスファルトの火照りよりも、川風を感じるランでした。こんな時、海はどうなんだろう? 一度、海から歩いて5分の街に住んでみたくなった。

P.S. なんてのんきなことを書いていたけれど、ここ月島で走っている間、品川、渋谷、葛飾あたりは大雨だったらしい。月島以南の埋め立て地を、ぐるりと積乱雲が取り囲んでいたというわけ。僕の晴れ男ぶりに驚く、なんて話ではない。品川なんてここから走っても行ける距離だけど、今の東京って地下鉄数駅分の距離で、これほど天気が違うということなのだ。これもいずれ21世紀型東京の夏の風物詩になって行くのだろうか? どことなく不気味な話だと思う。
by west2723 | 2008-08-20 20:05 | 陸での話

2008年 夏

このところブログの更新をしていなかった。とは言っても何か重大な事件が起こったわけではなく、あまりの暑さに脳が湯豆腐のような状態になっていたからです。もはや日々のシゴトをこなすのが精一杯で(何てこと言いながら先週は夏休みだったんだけど)、部屋に辿り着いたら何よりもビールが優先され、そしてそのままコンピュータなど覗く気さえも起きないという毎日が続いていました。

ということで、しばらくは今年の夏に「ふと」思ったことを超短文で並べて行きます。例年よりも海に行く機会は多く、そして思うことの多い夏なのであります。
by west2723 | 2008-08-15 15:00 | 陸での話

『Live Simpley』って何だろね

仕事の合間に買い物をしていたら荷物が増えてしまって……、最後に立ち寄ったアウトドアショップでトートバッグを買った。いろんなデザインがある中から、ギターのイラストに『Live Simpley』と書かれたものを選んでみた。でもね、これを提げて外を歩いていることにけっこう恥ずかしくなって、結局は裏側を外に向けて地下鉄に乗ってしまった。

シンプルに生きるって、いったいどういうことなんだろう? シンプルに生きている人って、いったいどのような仕事をしているんだろう? この社会と、経済と、どのように関わっているんだろう? 
そりゃたしかに休みの日くらいはシンプルを装うこともできるだろうけど、問題は仕事も人間関係もある平日なのだ。こうして今の日本で収入を得ながら暮らしている限り、シンプルに生きるにはかなりのムリを強いられる。自分が関わらざるを得ない社会が、決してシンプルではないからだ。経済的にも社会生活の上でもただならぬ我慢や犠牲やアツレキが予想される。それほどムリして続けるような生活を、果たしてシンプルと呼ぶことなんてできるんだろうか。

なあんて、地下鉄の駅の階段を下りながら、余計なことを考えてしまったのだ。もちろん、憧れることは自由なんだけど。
by west2723 | 2008-07-09 21:54 | 陸での話

夢と現実の分水嶺

内野加奈子さんのトークイベントに出かけた。内野さんに会うのは、たしか去年の7月29日、東京海洋大学でのシンポジウム以来だ。今回の帰国は本のプロモーションで忙しいはずなので慌てて連絡は取らなかったんだけど、会えばいつもの通りの世間話が始まる。それにしても何だね。内野さんは以前にも増して「眼力」が出てきたな、と思った。「そんなにキレイな眼で、こんなオレを見ないでくれよ」ってビビるくらいのパワーだった。

帰国してから1ヶ月ほどの間、内野さんはホントにこまめに、かつ精力的に、北は北海道から南は愛媛まで、〈ホクレア〉来航1年後のために奔走しているという。迷うこと無く「次のはじまり」を実践しているのだ。科学博物館に集まった20名ほどの熱心なお客さんの質問に対しても、真摯に考え、言葉を選び、丁寧に答えてくれていた。航海中の水や食料のこと、女性であるが故にカヌーの上で思うこと、クルーであるための資質、などなど、明らかに「最近本気で〈ホクレア〉に興味を持ってくれたんだな」と思しきお客さんの質問に対して、実に的確な回答を聞かせてくれた。

水や食料については「40日分積んでいる」こと。そして「航海中は何があるかわからないので、実際にはこれが30日分くらい」であること。女性であるが故に、という問いに対しては「私自身も最初は出過ぎたことをしてはいけないのか、と遠慮したこともあったけど、ナイノアに『最初の航海士は女性だったんだ』という話を聞かされて自信を持っていった」こと。クルーの資質については「人にはそれぞれ役割があり、それをいち早く理解し、着実に実践できること。だからこそ、誰にでもクルーになれる資質はある」ということ。

「ただし、海の上での喧嘩は自殺行為だけど、誰が喧嘩っ早いかなんて事前にわかりませんからね」というような、当たり前のようでいて、示唆に富んだ言葉が続いた。その間、質問してくれた人たちの「いい感じ」での素朴な疑問に、僕は〈ホクレア〉という名前が確実に多くの人の間に浸透し始めていることを感じていた。あの場に集まった人たちと、できれば車座になって酒でも酌み交わしたい気分だった。どうか皆さんこれからも、ココロの片隅に〈ホクレア〉を浮かべておいてくださいね。

とても暑い1日だったので、終了後は軽い打ち上げに出かけた。ウッチーノさんと博物館やプラネタリウムの関係者に加えて、ウッダさんと僕を加えたメンバー。〈ホクレア〉がらみの集まりには、このようなアカデミックな集まりと、サーファーやパドラーによる賑やかな集まりという2通りの集まりがあって、こんな両極端が存在することも〈ホクレア〉の特徴だと思っている。アカデミック編では知らないことが多いので、僕はもっぱら聞き役に回る。内野さんも謙虚な人柄のせいか、聞き役に回っていることが多い。久しぶりにこのメンバーで集まると〈ホクレア〉以外の話で盛り上がることも多いんだけど、このような話の中から、何か次の展開が生まれてくるのかもしれない。

そして今日、早朝5時から、科学博物館にも来場した『Aloha! 未来』の吉田清継さんと、〈ホクレア〉とは全く180度違うタイプのロケに出ていた。クルマの広告で、しかも女性誌の仕事だった。この仕事を始めるにあたり「誰か撮影が速くて腕のいいビデオカメラマン知らない?」と周りに声をかけていたら、偶然にも信頼する人から吉田さんを紹介されたのだった。これも何かの巡り合わせなんだろうな。つまりこれは、今はキミたち、全然違う分野で腕を磨いておきなさい、という「何かの声」なのだ。こういうことの後には、決まって何かが起こる。いったい何が始まるのだろう?

だからこの仕事は楽しい。あまりに現実的な仕事を通じて何かを学びながら、いずれみんな、また一つにまとまるんだろうという予感がある。内野さんも忙しい、内田さんも西村さんも、みんな現実に向き合って忙しい。でもこの山は、いつか越えられるのだ。だから今は分水嶺のこちら側で、それぞれのスキルを磨いておこうと思うのみ。頑張りましょう。
by west2723 | 2008-07-07 21:30 | 陸での話