カテゴリ:陸での話( 112 )

鞆の浦の埋め立て、架橋工事は中止!

数日このブログを更新していなかったところ、病気になったんじゃないかと心配してくれた某テレビ局勤務の人物から電話が入った。スマヌねぇ。実を言うと、会社にいれば総務や経理の人がやってくれていたお役所や銀行相手の業務を、今では一人でやらねばならず、これに手こずって慌ただしくなっていたわけです。そんな話、ここで書いてもつまらないでしょう? 
今さら言うのもなんですが、会社という組織は非常にうまくできているし、会社員って守られているんだなぁ、と痛感した次第です。しかし今さら言っても始まらん。モノごとは前に進めなくてはイカン。ということで頑張りましょう。この一連の作業を終えたら、ワタシは旅に出るのだよ。

ところでその電話の相手から、表題の第一報が届きました。まだウェブにも出ていないようですが、原告勝訴ということで、今日の昼頃からニュースで流れるかもしれない。関心のある方は検索してみてください。鞆の浦=とものうら、と読みます。
by west2723 | 2009-10-01 10:41 | 陸での話

月の満ち欠け

突然ですが「月の満ち欠け」を英語で言うとどうなるんでしょうか? わかる方がいらっしゃいましたら教えてください。おそらくは「ルナ・何とか」になると思うんですが、その「何とか」の部分を知りたいのです。「そんなこと自分で調べなさい」と言われるかもしれませんが、ちょっと皆さんに聞いてみたくなったもので。
by west2723 | 2009-09-09 09:00 | 陸での話

挨拶メール

会社を辞めるとなると、その報告や今後の連絡先をお知らせしたい人がたくさん現れる。その数は軽〜く100を越えてしまう。だったらコピペで機械的に送ればいいじゃんとも思うけれど、これが意外に難しくて、それぞれつき合い方も違っていたので、新たに書き起こしたくなってしまうのだ。で、1日に2〜3通も書いたらすぐに出かけたくなってしまう。ということで、このブログをご覧の方にメールが届くのは、秋も深まった頃になってしまうかもしれません。

ところで今日は天気がいいね。明け方は寒いくらいになりました。毎年エアコンの必要ない季節に入ると、ハワイ島のホノカアの街を思い出します。あの街に1軒だけあるホテルの部屋にはエアコンが無く、チェックインした時にはびっくりしたもんでした。しかし窓を開けて眠ってしまうと、明け方には寒いくらいだった。なるほど、こういうことだったのかと深く納得したものです。今日の朝は快晴で、涼しくて、空気が乾いていて、そのまんまホノカアな気分に浸っていました。
by west2723 | 2009-09-07 09:53 | 陸での話

風のこととか雲のこととか湿度とか

こうしての〜んびりしていると、東京のオフィスビルにもたまにはいい風が吹いて来たり、月が見えていたりすることがわかる。もちろんこれまでも風や月には気づいていたけど、これまでは気づいても意味の無いものか無視すべきものだったように思う。都市生活にとって、しかもそれがビジネスタイムだったらなおのこと、たとえば風は邪魔なものだった。雨ともなればストレスの元でさえあった。できればプレゼンの前に汗などかきたくはないから、太陽でさえ邪魔に思うことがあった。

つまり都市生活と、そこで繰り広げられる効率的なビジネスは、常に均質な環境を求めている。スーツにシャツにビジネスシューズのコーディネイトを邪魔する湿度や大気の乱れは、すべてが不快なのだ。女性の靴はなぜかヒールが高く、しかも路面が固いので、男性以上に不自由を要求される。自然現象などに邪魔されているわけには行かない。だからこそ彼女たちのコーディネイトは、均質な環境が保証されたオフィスビルのみでしか使えない。ひとたび街に出ると満足な歩行すら難しく、たまに急ぐ場合には、非常に不格好なフォームで走らなくてはならない。

なんてことから少し離れることができた今、これに気づいたことは良かったと思う。何たって、今日の強風がまったく気にならなかったんだからね。風の強い日には、風に合わせてココロの状態をリセットすればいいのだ。台風の日には台風の日なりに仕事の進め方があるのではないか、と思う。自然現象には関係なく、時間だけを根拠に進められるビジネスには、「質」の上でバラツキが生まれるのではないだろうか、と気づく。何たって、ビジネスというのは機械ではなくて、自然の一部である人間が進めるものなんだからね。企画書の質は、きっと天気の影響を受けているはずなのだ。

会社を辞めると決めて、まず初めに気づいたのは、こんなあったり前のことだった。気づいたからこそ、またいつあの世界に戻っても大丈夫だとも言える。一方、あの世界を知らなければ、そこに住む人々のココロの状態がわからなかったはずだ。やはり、体験しなければ何もわからないもんだね。
天の時、地の利、人の和、を行動や勝利の根拠にするならば、天の時と地の利に関しては風にも雲にも天候にも逆らうことはできない。うん。オレもけっこういい感じになってきたじゃん。
by west2723 | 2009-08-31 22:28 | 陸での話

テレビ新広島『アロハ!〜私のオハナ』ハワイでオンエア

というコメントが広島のダミ男さんから届きました。念のため、こちらにコピペしておきます。

今年の大晦日から正月3が日の4日間、ハワイで「アロハ!私のオハナ」が放送されますよ!番組の企画段階からワシとともに大汗をかいて頑張ってくれたTSSのクリちゃんから連絡がありました。ハワイのケーブルテレビ会社ニッポン・ゴールデン・ネットワーク (NGN)での放送です。放送時間の詳細はまだ未定ですが1日に1回づつ放送されるそうです。しかも、ワシの書いた拙いナレーションを英語に翻訳して放送するそうです。日系3世や4世の日本語を理解し難い方々にも見てほしいとの配慮のようです。ありがたや、ありがたや!たしか、NGNではホクレア日本航海~光の海道~も一昨年のお正月に放送してくれたんですよ。おばあちゃんの親戚である野美家を探し、出生届の有無と出演交渉、そして観光局に提出する番組企画書を書いていたのは、ちょうど今から1年前。こうやって、おばあちゃんが喜んでくれて、皆さんに見てもらって、1年経過して、ハワイの皆さんにも見て頂ける機会に恵まれて・・・ホンマ、「願いは届き、夢は叶う」ものですね!お正月にハワイ旅行をご計画中の皆様、是非Nハワイのケーブルテレビ会社ニッポン・ゴールデン・ネットワーク(NGN)で番組をチェックしてください!
by west2723 | 2009-07-31 09:50 | 陸での話

皆既日食の不思議

皆既日食のニュースを見るたびに不思議に思うんですが、地球から平均1億4959万7870km離れた太陽と、地球から平均38万km離れた月の見かけ上の大きさが何故ぴったり一致するのか、理由をご存じの方はいらっしゃいますか? 偶然にしては出来過ぎだと思うんだけど。
by west2723 | 2009-07-20 23:52 | 陸での話

ご無沙汰でした!

何だか最近はドタバタしており、このブログさえ覗かない日々が続いてました。皆さん、お変わりはございませんか? DVDの感想をありがとうございます。現在、3枚のDVDが東京都内2カ所と神奈川県内1カ所で待機しております。これからご覧になりたい方は非公開コメントでメールアドレスをお知らせください。

ところでUddah番長がいい本を出してくれました。これです。

番長が東京海洋大学でのシーカヤックの授業で(こんな授業が受けられるんだから、海洋大学っていいよなぁ……)使う教科書だそうで、もちろんネットでも購入できる。版元は『海文堂出版』という出版社で、海関係の教科書や専門書の世界では知られた存在なのだ。裏表紙(業界では表4と言うんだけど)に描かれたロゴがとてもいい! このような、キチンとした仕事を長い間コツコツ続けている出版社に敬意を表して、僕も一冊お買い上げです。
by west2723 | 2009-07-18 20:21 | 陸での話

助けたいと思った

宮城県の小学生4人が踏切で倒れたおばあさんを救った、というニュースをご存じですか? さっきテレビのニュースにこの小学生たちが映ったんだけど、彼らのようすにはホントにココロが洗われた。小さいニュースかもしれないけど、ここでそのようすをお知らせしておきましょう。

ことの起こりは先週土曜日の昼だった。
・遊びに行こうと集まっていた少年2人少女2人、4人の小学生が、人通りの少ない田んぼの真ん中にある複線の踏切を渡っていた。
・彼らが渡り終える頃に警報機が鳴り始め、彼らの後ろで遮断機が下りた。その時、後ろで「ガシャン」という音がした。
・見るとそこには倒れた自転車の下敷きになって動けないおばあさんの姿があった。周りには買い物袋から飛び出した野菜などが散乱していた。おばあさんは貨物列車の迫る線路の真上に倒れていた。貨物列車はすでに踏切から100mのあたりまで迫っていた。

で、ここからの彼らの行動が凄いの何の!

・少年の一人が自転車を踏切の外へ持ち出す。
・少女の一人がおばあさんを踏切の外へ連れ出す。
・もう一人の少年が散乱した荷物を集める。
・もう一人の少女が踏切の緊急停止装置を押す。

そして貨物列車は踏切を通り過ぎ、80mほど先でようやく停止した、というものだ。

無事に助けた、という彼らの偉業についてはひとまず置いといて、この咄嗟のチームワークはどのように作られたのだろう、と思う。カヌーが転覆した時にもこのような役割分担があるけれど、それだってある程度の練習が必要になる。しかし、彼らは列車が100mまで迫る中、咄嗟の判断で各自の役割を完璧に果たしたのだ。いったい誰がこの短い時間の中で指示を出したのだろう? 小学生ながら、驚くべきリーダーシップだ。

そして今日、彼らはJR東日本から感謝状を贈られたとのこと。記者の質問に対する言葉は表題の通りです。少年の一人が語ったコメントだけど、シンプルで、まるでエディ・アイカウじゃないか。少女の一人のコメントは「怖かった」という正直なものだった。しかし、それでも助けに行った。

人が人を助けたいと思うのは本能なんだろうか? なぜなら彼らはまだ小学生であり、「人が踏切で倒れていたら、命をかけて助けなくてはならない」なんて学校ではきっと教わっていないはずだからだ。むしろ「危険だから近寄ってはいけない」と教わるかもしれない。しかし、彼らは「助けたいと思った」。もしも僕が同じ場面にいたとして、果たして彼らと同じ行動が取れただろうか。助けたいとは思っても、ここまで首尾よく救出できずに無惨な場面を迎えてしまうかもしれない。なんてことを咄嗟に想像してしまって、救出にさえ行けないかもしれない。

これほど重く清々しい言葉を、最近は聞いたことがなかった。何だか深く癒されてしまった。救出された女性やJRばかりではなく、僕たちも彼らにはココロから感謝しなきゃいけないな。
by west2723 | 2009-05-14 23:19 | 陸での話

オバマとチャベス

北朝鮮が「飛翔体」を打ち上げたあの日、チェコのプラハではアメリカのバラク・オバマ大統領が核廃絶に向けての演説を行っていた。という話はニュースでたびたび流れていたけれど、その中に「アメリカは世界で唯一の核兵器使用国として、廃絶に向けての責任がある」というフレーズがあった。「えっ?」と思って横目で見ていたテレビを見たところ、すでに次のニュースに移ってしまったんだけど、この演説、どこかに全文掲載されていないだろうか? 今のところ共同通信による要約しか手に入らない。この最後にある「世界核サミット」は、ぜひとも日本で開催してほしいもんです。

などと、演説の要旨を読んでいるだけで妄想は膨らむけれど、前述したフレーズがどのような出て来たのか、もう少し詳しく知りたいのだ。

言うまでもなく、この発言を額面通りに受け取れば、かなり画期的というよりも歴史的な発言だと思う。過去、アメリカの大統領は「核兵器の使用は戦争を集結させるためにやむを得なかった」という発言を繰り返しており、それが唯一の核使用国の公式見解だった。しかし今回それが覆され、アメリカは初めて「反省とお詫び」の立場に回ったのだ。背景には「中東地区にこれ以上核保有国が現れたらアメリカ的にヤバいので、その前にこちらから譲歩しておこう」というような意図があるとは思う。それにしてもここまで踏み込んだ発言は、もっと評価されてもいいんじゃないだろうか。

そして翌日、オバマとは好対照な印象の、ベネズエラのウゴ・チャベス大統領が来日した。目的は石油のセールス、投資の勧誘、というものだったようだけど、それより何より、あの愛想の良さに驚いてしまった。ご存じの通り、チャベス大統領といえば憎っくきアメリカを逆撫でする発言を繰り返すことで知られた人物だけど、アメリカとは一蓮托生のような道を歩み、政治的には「敵」であるはずの日本に対しては全く逆の態度なんだなぁ、と思い、その様子が不思議でならなかった。

中南米の国々の間では、日本という国は非常に人気が高い。ちょっと古い話だけど、メキシコオリンピックの時には、地元メキシコの人々はメキシコが負けて応援するチームがいなくなると、多くの人が日本を応援していたというのは有名な話だ。僕はかつて南米を旅行した時に、なぜ日本が人気なのか聞いてみたことがある。すると相手の答えは「日本は世界で唯一、アメリカに喧嘩を売った国だからだ」というブッソウなものだった。もちろん「エクアドル国民は、野口英世先生から受けた恩は決して忘れない」というような、平和的コメントも多かったんだけど。

もう喧嘩を売ることは無いと思うので、その話の是非は置いておきます。この場で僕が気にしたいのは、世界が平和な方向で話を始めようとする時に、日本という名前が必ず関わってくるということなのだ。まるで世界平和の隠し味的存在。アメリカが唯一の核兵器使用国であると反省するならば、唯一の被爆国の立場も相対的にクローズアップされてくる。アメリカとは深い仲である一方、アメリカと敵対する国からも頼られるのであるならば、仲裁に立つ場面も多くなる。これは「平和外交」などという、紋切り型の、教条主義に固められた政党的言葉では説明しきれないとは思うけど、オバマ大統領の今回の発言によって、この国にも新たな道筋が見えたように思うのはあまりに楽天的だろうか。

欧米からの搾取、欧米との格差、軍事政権、貧困……などなどのスパイラルから抜け出す駆け込み寺のような存在として、日本と日本の経済力が必要になってくる。この国にはそういう道を選んで欲しいと思う。自由主義でも社会主義でも、どんな宗教でも何でもカマワンから、とにかく相談に来なさいという具合。ただし、世界が独裁政権と認める相手にだけは遠慮してもらうけど。

このブログが主題とする〈ホクレア〉は、政治や政党、宗教やイデオロギーなどとは別の次元の、誰にでも開かれたものだと思っている。だからあえて政治の話題には触れないことにしていました。でも、平和に関わる話であればいいんじゃないかと、今回は調子に乗って書いてみました。

ところで紋切り型な「平和外交」よりも、今さらながら「WBC効果」に驚いている。キューバのカストロ議長があちこちで日本の野球を絶賛していたけど(カストロ議長の発言があれほどウェブに出回るのは珍しいんじゃないだろうか)、チャベス大統領の野球好き、そして日本代表への褒めっぷりも半端じゃなかった。 WBCでの壮絶な試合が、思わぬところでヨノナカを明るくしていたんだなぁ、と思った。キューバの投手の敗戦コメントもカッコ良かったね。「WBCで優勝したチームと、2度も試合ができて、2度も負けることができた。それだけで素敵なことじゃないか」

そして最後に蛇足ですが、オバマとチャベスって、どこか気が合いそうに思えませんか? 学級委員と体育会系昔気質の「不良」って、卒業式の日に仲直りしたりするじゃないですか。あんな感じで。
いやこれは何の根拠も無い、単なるイメージなんだけど。
by west2723 | 2009-04-08 05:46 | 陸での話

The Circle Game

c0090571_19363713.jpg今日は日曜日だというのにロケがあり、横浜市の郊外に向かった。このあたりの街道筋にはまだまだ里の景色が残っていて、けっこうのどかな気分で撮影が進んだ。住宅街の中、あぜ道の名残と思われる細く曲がりくねった道を抜けると農家に突き当たり、庭先の梅が満開だったりする。東風吹かば……ってことですね、どこからともなく梅の香りが漂ってくる。

突然暖かくなりました。春になると普通は華やいだ気分になるものなんだろうけど、僕の場合はどうしてもセンチメンタルになってしまうことが多い。転校とか卒業とか、雪解けとか散る花とか……。
春は出会いのシーズンでもあるけれど、別れのシーズンでもある。僕は子どもの頃に転校を繰り返していたせいで、春になると今でも別れたままになっている小学校の同級生の顔を思い出したりしている。特に、いつもイジメていたヤツの顔は忘れられないもんで、もしも向こうから偶然に歩いて来てくれたら、「あん時はホントに悪かった」と謝っておきたいと思う。歩いて来てくれないかな。

そんな小学校時代の最後の時期を過ごした場所でのロケだったので、終わった後はすぐにスタッフと別れ、かつて住んでいた家や、商店街や、学校の周りを歩いてみた。行ってみるとすでに家は駐車場に姿を変え、田んぼは埋め立てられ、農家の庭はマンションに変わってしまっている。しかし道筋だけは変わらないもんだな。そして、いずれの道も今歩いてみると、とても狭いことに驚く。オレはこんなに狭い街で暮らしていたのか、と思う。小学校の校庭も狭く、あれほど遠かった駅までの道のりは、オトナとなった足ではほんの数分に過ぎなかった。

毎年毎年、同じ季節を迎え、同じような一年を繰り返しているようだけど、気づいてみるとまったく違う場所にたどり着いている。真っすぐ漕いでいたつもりでも、潮に流されてまったく違う島へ上陸しちゃった、そんな感じ。とは言え過ぎた時間を取り戻すことなんてできないんだよ、なあんて思ったところで、そう言えばそんな歌があったなぁ、と思い出した。『The Circle Game』ですね。
詩・曲・歌はジョニ・ミッチェル。バフィ・セントメリーによるカバーは映画『いちご白書』のテーマとしてもヒットしました。

ジョニ・ミッチェルの歌には、なぜか「色彩」を感じる。たとえアコースティックギターによるシンプルな弾き語りであっても、スケッチブックを開くような感覚で聴くことができる。なぜだろう?
by west2723 | 2009-02-15 20:00 | 陸での話