カテゴリ:陸での話( 112 )

もう寒いのにも飽きた!

普通であれば寒さに逆らって、走ったり、もっと寒いところに行ってスノーボードしたりするんだろうけど、今シーズンはなぜか「受け容れましょう」という気分なのだ。しつこいカゼのせいもあるんだけど、今年は忙しくなりそうだし、まとめて本を読む時間なんて今くらいしかなさそうなので。
てなわけで、また! 皆さんはカゼひかないようにね。
by west2723 | 2011-01-18 14:13 | 陸での話

明けましておめでとうございます。

ところでこの春、できるだけ早いうちに、ネット上に書き散らかしているいろいろなことをまとめて、ひとつのサイトにまとめようと思っています。ハワイや〈ホクレア〉から学び始めた、あらゆることがテーマになると思います。いったい何が始まるのか、自分のことなのに自分でも予想がつきませんが、今年もよろしくお願いします。
by west2723 | 2011-01-01 00:50 | 陸での話

Twitterについても、ひとこと言っておこう。

昨日、ワタシはとても良いことを言っている。そうなんだ。大切なことは100の論争よりもひとつの結論。批判や分析は簡単だけど、ゴールのイメージさえ無いところで、どのような建設的な議論ができるというのだろう。論争の相手より多少優位に立ったところで、いったい誰が幸せになるというのだろう。ということで、ワタシはこれからも、いいものだけを探して、見て、報告することにします。おしまい。

なんてね。最近はこのブログを更新していなかったせいか、久しぶりに会う人には「ツイッターにウツツを抜かしてるらしいじゃん」などとイヤミを言われることがある。ま、そんなに気にせんといてください。ま、たしかに、ツイッターに慣れたせいで、140字あたりでいったん文章を切るクセがついてしまったようだけどね。

多くの人が言う通り、ツイッターばかりやってると、確かに文章がヘタになると思います。最初は文章を簡潔にまとめる能力がつきそうに思えるけど、すぐに乱雑なリツイートの投げ合いに慣れてしまい、言葉ひとつひとつへのデリカシーを失うように思う。一方、もの凄く文章のおもしろい人に出会うこともあるけど、そういう人ってめったにリツイートしない。

僕にとって、ツイッターは世論の流しそうめん。あるいはネットに向き合っている間の呼吸のようなもの。わざわざ見に行くことはなくても、作業の合間に覗いて世間さまと会話する。ブログと決定的に違うところは、意識的に攻めて行かないと、その凄さが体感できないということ。経験上、あまりエラそうなこと言うと、たいてい恥をかきます。立派なことばかり延々ツイートしてくる人って、普段よっぽど発言の機会を与えられていないんだろうなぁ、と思われてしまう。このあたりの間合いを測る力を磨くことは、決してムダではないはずです。

追伸:ところで、こんな凄いモノを見つけてしまうあたり、やはりツイッターは侮れないな。
by west2723 | 2010-11-02 23:36 | 陸での話

その時、破壊されたもの

広島出身の友人が「東京に来て最初に驚いたのは、8月6日が何の日か知らない人が多い」ということだったらしい。なるほど。僕もその言葉を聞いた時、「え〜っと、全校登校日だっけ?」なんてとぼける以外になかった。イカンね。

「キュー・テン・イチイチ以降の国際社会は…」なんてカッコつけて語りたがる政治や経済の評論家は未だに多いけど、「ハチ・テン・ロク」とか「ハチ・テン・キュウ」という言い方を聞いたことが無いのも奇妙だ。ということで、明日が8月6日。その時刻を迎える前に、ぜひ見ておいてほしいサイトがあるので紹介しておきます。

中国新聞社のサイトの中、「Peace Musium」に置かれている被爆前後の爆心の街というCGがそれです。街や建物のようすは忠実に再現されているとのこと。被爆後のようすを知るには広島平和記念資料館があるけれど、一方で、被爆前のようすを見ることによって、いったい何が破壊されたのか、核兵器がいかなるものか、よりリアルに理解できるはずです。ぜひ、ご覧ください。
by west2723 | 2010-08-05 21:37 | 陸での話

佃の盆踊り

東京でお盆と言えば7月13日から15日の間だそうで、僕の実家もそうです。だから家に帰れない時には、部屋でお線香を焚き、こうして僕の住む佃島の盆踊りを見て、父親を見送ります。この踊りは佃の念仏踊りとも呼ばれていて、東京都の無形文化財に指定されているらしい。歌には太鼓の音以外に伴奏が無く、聴いているだけで、ご先祖の霊を見送るにふさわしい、敬虔な気分になってきます。
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銀座方面から佃大橋を渡る頃には、あたりはまだいつもの東京なんだけど、橋を下りると遠くの方から年に一度しか聞けないメロディが聞こえてくる。そしてテレビでもたびたび紹介される佃煮屋の角を曲がると、いきなり江戸時代にタイムスリップしたような異空間が現れる。特に今年は、盂蘭盆入りの前日に亡くなったマウ・ピアイルグ師の魂も、併せてお見送りしてきました。合掌。
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盆踊りは、まず子どもだけの踊りから始まります。この狭い佃島の、どこにこんなに多くの子どもたちがいたのかと最初は驚くけれど、みんな歌を覚えていて、最後には感心させられてしまうという真夏の夕暮れ。飾り付けもシンプルで、「南無阿弥陀仏」と書かれた白い提灯が並ぶだけ。周りには屋台も無いけれど、昔ながらの雑貨屋さんと酒屋さんがちょうどいい具合に開いている。こういうものを見ることができるから、僕はなかなか東京から離れることができないわけです。
by west2723 | 2010-07-15 20:33 | 陸での話

関門海峡

おそらくほとんどの日本人は、日々、関門海峡のことなど考えずに暮らしているに違いない。当たり前だよね。このご時世、ほかに考えなくてはならないことはたくさんある。しかし僕の場合、〈ホクレア〉が来てから関門海峡のことが気になって気になってしかたなかったのだ。筋トレのページを作っている時も、化粧品の広告のプレゼンに行く時も、そして会社を辞めようという時も、いつもココロのどこかに関門海峡があった。だからヒマになったら、真っ先にここに来ようと思っていたのだ。

そしてついにやって来た。あいにくの雨で写真はボンヤリしているけど、どうですか、この狭さ。これは海というよりも、川でしょう。しかも山の上からでも、潮の流れがはっきりと見える。手前が本州で対岸が九州。目の前で見た印象では、多摩川の河口よりも全然狭いんだけど、こんなところをバカでかいコンテナ船どうしが荷物を満載してすれ違ったりするのだ。潮の干満があり、海の深さが変わるから、時間帯によって通過できる船が制限される。大きな船が通過できるチャンスは一日に二回。満潮の、潮止まりの時間に合わせて、祈るようにここを通過しなくてはならない。
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これは神様の恵みなのかイタズラなのか、本州と九州という大きな島の間に、キチンと運河を掘っておいてくれた。だったらなぜもう少し広く作っておいてくれなかったんだろう。結果的に、これが外敵から日本を守ることになった。僕にとって、こういうことが不思議でならないのだ。

そして〈ホクレア〉もここを通った。ハワイから航海機器を一切持たずにやって来た海のツワモノたちも、さすがにこの海峡を前にビビってしまい、こんな時にキャプテンじゃなくてよかった、と思ったらしい。こういう海が日本列島人を鍛えてきたのだ。凄いだろ。安全快適な陸上交通に頼りすぎて、日本列島人自身が忘れていたワレワレの凄さを、ハワイの人たちが教えてくれたのだった。「海から陸を見ると、この国の美しさがわかるよ」
ここを水先案内したのが、ご存じ西村一広さん。しかしカズさんは〈ホクレア〉を曳航しながら、余裕で写メールを送ってくれたもんだった。
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写真手前の海が、あの有名な壇ノ浦。そして宮本武蔵が佐々木小次郎と決闘する時も、ここから引き潮に乗って巌流島に向かった。日本の歴史の転回点にはたびたび登場する海峡なので、それを物語る碑も多く、歩いてて退屈しないんだけど、やはり目立ったのは長州軍の大砲だった。そう、海援隊の応援を受けて幕府軍を小倉で粉砕したのはこの海峡なのだ。今でも大砲の向こうを大型船が通ると一発ブッ放したくなるけれど、もちろんそんなことを考えてはいけません。

この海峡を、僕は日が暮れるまで眺めてしまったのだった。そして下関を発つ朝も、もう一度ここに来てしまった。僕は「鉄オタ」ならぬ「海峡オタ」あるいは「船オタ」なのかな。でも、「鉄」を自認するようなヤツだったら、ここには一度来た方がいいと思った。ぜったいに気に入るはずだよ。目の前をデカい船が通る姿って、ホントに壮観だから。
by west2723 | 2010-06-29 07:50 | 陸での話

もっと、農家からのTweetを読みたい!

(下の話の続き)
旅先でたまたま聞きかじった話ではあるけれど、このような問題は、おそらく日本全国の農村でも起きているんだろうと想像する。そしてこれは農業だけではなく、漁業でも林業でも、あらゆる第一次産業の現場で同様に起きているんだろうと想像する。

怖いことだよね。都会に住んでいると衣食住のほとんどを「誰かが作ってくれたもの」に頼っていて、そんな生活が続いていることに何の疑問も感じないけれど、この供給が突然途絶えたらどうなるんだろう。途絶えないまでも、価格がジリジリと高騰することもある。また、すべてが同時に止まることは無いまでも、「食」の一部の供給が止まり、パニックが起きることもある。想像するだけでは何もしないのと同じだけれど、困ったことに行動の切っ掛けとなるような確かな情報があまりに少ない。

ネットがあるじゃん、と思う人も多いはずだ。しかしご存じの通り、玉石混淆の情報を検索しながら必要な情報に辿り着くには、一日中コンピュータに向き合わなくてはならない。しかも肝心の農家のお年寄りたちが自らブログやツイッターやUSTを駆使しながら情報を発信し続けてくれない限り、いつまで経ってもリアルな情報など流れてこない。情報を集めるにあたってネットは万能なものと思われがちだけど、発信者がいない限り、ネット上には情報の空白地帯が生まれる。それが誰の目にもおなじみの、日本の農村なのではないかと僕は思い始めている。

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by west2723 | 2010-06-27 22:15 | 陸での話

東京で語られる「green」への提案。

〈ホクレア〉がやって来た頃、たびたび素敵なメッセージを送ってくれたシーカヤックビルダーさんのご自宅を訪ねた。お住まいが下関ということだったので、海峡、港の気配が濃厚な土地を想像していたものの、カーナビの案内した土地は、それとはまったく逆の、ホタルの里とも呼ばれる深い山の中だった。下関市って広いんだなぁ。近所には温泉も多い。田植えを終えて間もない田園風景に、点在する集落。その中に、今夜、僕が訪ねるべき一軒がある。なんだかとてもうれしい。

ご自宅に併設された工房では、木製の骨組みのシーカヤックと、同じく木製で、細長い長方形のブレードを持つパドルが作られている。このパドル、見た目は扱いにくそうなんだけど、水の抵抗が少ないために長距離を漕ぐと疲れの出方がまるで違うらしい。森があるからカヌーができる、カヌーができるから海に行ける、と〈ホクレア・ハカ〉は唱えるけれど、それを実証するような話だ。ちなみにこのパドルは売れ行き好調なようで、何本かの木材がデビューに備えて削り出し作業の途中だった。
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定住促進制度に応募して、この土地に移ってから20年あまり。今ではお子さんも成長されたので、いよいよ本腰を入れて地元の農業の活性化に取り組んでいる。初めて眺めてみる限り非常に豊かな田園風景ではあるけれど、ここでも農村の高齢化は深刻な問題らしい。高齢化すれば、農作業がつらくなることはすぐに想像がつく。がしかし、それは問題のうちのほんの一部なのだ。

「たとえばあそこに川がありますよね。あの川から用水路が引かれていますが、そのためには土手の補修をしなくてはならない。放っておくと、いつ決壊するかわからんし。つまり、田んぼを守るために、そういうキツい仕事もたくさんあるんです。しかもカネがかかる。カネは自治体も出すんですが、その何割かはその水利権を持つ農家も負担しなくてはならない。となると、もう農作業もようできんし、カネまでかかるんじゃやっておられん、ということで、水利権を手放してしまうんですね」

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by west2723 | 2010-06-08 20:33 | 陸での話

日本から来た人たちは決して偉そうにせず、ハワイアンと共に働いた

写真家のニック加藤さん、亡くなったタイガー・エスペリさん、そして僕の三人で、マウイ島の東端にあるハナの街まで小さな旅に出たことがある。周防大島の宿で本を読みながら、僕はふと、この旅のことを思い出していた。

あの時は宿も決めずにハナの街に入り、木造の建物が素敵な『ハセガワ・マーケット』に入って近所の宿を探し、ニックさんの提案で日系人の夫婦が経営する小さなB&Bに入ったのだった。70代と思しき初老のご夫婦で、すでに日系二世とのこと。その時ご主人は外出中だったものの、みんな時間は充分にあったので、奥さんの昔話をいろいろ聞くことができた。

まず驚いたことは、非常にきちんとした、明治時代を思わせるような日本式の挨拶で迎えてくれたことだ。僕はとても恐縮したけれど、彼らにとってはそれが日常なのだろうと思うことにして、平静を装っていた。おそらく、すでに亡くなったというご両親は、ハワイに渡ってくる前の明治時代の「躾」で、この女性を育てていたのだろう。つまり日系ハワイアンの古い世代は、明治時代の日本人そのままの立ち居振る舞いで、今のハワイを生きていることになる。日系ハワイアンのご老人に会うと、亡くなった祖母に会うような懐かしい気分になるのは、きっとそういう理由によるものなのだろう。

「この街に入る手前で、頂上に椰子の木が生えた島が見えたでしょう? あの椰子の木は、私の父が60年以上も前に植えたものなんですよ」
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翌朝、あの島を見に行こうと提案したのはタイガーだった。
「日本人は本当に多くのことをハワイに伝えてくれたんだ。ハワイアンを労働者として使いながら、自分たちだけが金持ちになって行くような他の国の連中とは、そこが違っていた。ハワイアンと一緒に働きながら、ハワイアンたちに、自然の中で生きるいろいろな知恵や技術を残してくれたんだ。あの椰子の木を見ておけよ。あの木は、そんな優しい日系人たちの心、そのものじゃないか」

なぜ日本人だけがネイティブのハワイアンに溶け込み、共に生き抜くことができたのか、僕には想像でしか語ることはできない。しかし客観的な事実として、共に「島」に住んでいるということには注目しておきたいと思う。お互いに海に囲まれ、島から逃げて行くことはできない。住民どうしが共に協調しながら、海と自然と向き合い、自然からの恵みを分け合いながら生きて行く以外にない。そんな感覚が、はるか南の島からカヌーに乗って移り住んだハワイアンのDNAと、日本列島に住む日本人のDNAの中に、共通して宿っていたのではないか。
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今、ハワイ独自の文化とされるものの中に、日本の文化とハワイの文化が融合して生まれたものはどのくらいあるのだろう? よく知られている通り、アロハシャツは、ハワイに渡って間もない日系の人が、和服の布地をハワイの風土に合わせて作り直したのが始まりだ。今では「弁当」も「豆腐」も、すっかりハワイのランチメニューに加わった。そして今回は、周防大島の古い木造家屋を眺めながら、映画になったホノカアや、ヒロの木造家屋を僕は思い出していた。あのような昔懐かしいハワイの町並みもまた、日本の木造建築をハワイに持ち込んでできたものではないか、と想像するのだ。ちなみにホノカアの街なみには、主に熊本出身の人々が住んでいたと聞いている。観客たちはスクリーンに映し出されるホノカアの街に、昔の日本を見ているのかもしれない。

僕も含め、ハワイに憧れて、ハワイの音楽や風俗を学ぶ人は非常に多い。だったら一度、日系ハワイアンの歴史を辿ってみてはどうだろう? 日本人どうしが、日本にいながら「アロハ!」なんて慣れない挨拶を交わすよりも、フラもハワイアンキルトもアウトリガーカヌーもスラックキーギターも何もかも、より深く理解できるに違いない。
これは3年前、〈ホクレア〉と関わりながら、いつも感じていたことだ。ハワイがわかれば日本がわかる。そして日本がわからなければ、決してハワイを知ることはできない。僕は今でもそう思っている。
by west2723 | 2010-06-02 20:36 | 陸での話

Into the Purple Valley

去年の秋、出版社からの脱藩者となった僕としては、ぜひとも龍馬の脱藩ルートを辿って土佐を脱出してみたかった。しかし、前の晩から四国全域が豪雨に見舞われ、とても山道を走れる状態ではない。ということで脱藩ルートは次回に譲って、高知市内からおとなしく高速道路に乗った。週末だから、土佐から長州まで高速割引料金で行ける。がしかし、坂本龍馬が望んだのは果たしてこういうヨノナカだったのかどうか。

にしても四国の山は険しい。高知から北へ向かう高速道路の半分はトンネルなんじゃないだろうか? 道の両側を山が包み込むような感じ。時折スコールのような雨が襲いかかる。僕のアタマの中では、昨日の夜以来、ペギー葉山さんの(この人、今の若いモンたちは知らないんだろうなぁ)「南ぁん国ぅ〜土ぉ〜佐ぁ〜を、後にぃ〜しぃ〜て〜」という曲が鳴りっぱなしなんだけど、一方で、ビジュアル的にはライ・クーダーの『Into the Purple Valley』のジャケ写が浮かんでは消えていた。そのジャケ写とはこんな感じ。ただし、隣に女の子は座っていなかったわけだが。
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高速道路が谷を越えるとき、ちらりと昔の峠道が見える。この険しい道を、今のようなアウトドア装備も無く、木綿の服とワラジだけを頼りに、追われる身として逃げ出すのはホントに命がけだったはずだ。無事愛媛県に出るまで、いったい何日くらいかかったのだろう。試しに今、トレイルランニングの装備に一日分の食事を用意して同じルートを走ったとしても、これほど深い山には何が潜んでいるかわからない。かなり危険だと思う。

峠を越え、愛媛県側に入ると、雨は幾分小降りになった。ところで「しまなみ海道」へ向かうには、いったん高速道路を降りなくてはならないんだね。知らなかった。てことは、高速料金は2000円になるということか。去年の暮れにも走ったしまなみ海道、アロハ・アゲイン。この道は自転車でも渡れるんだけど、あいにくこの天気では試す気にはなれない。往復でちょうど100マイルくらいのコースではないだろうか? ここもまた、次の機会に来よう。いずれにしても、四国という島は2日や3日で回れるはずもない。次回は秋頃、2週間くらい空けて、じっくり来ないといけないな。
by west2723 | 2010-05-31 22:33 | 陸での話