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ホクレア到着! アゲイン

今日の昼、快晴の葉山マリーナにある湘南ビーチFMで、DJの人と
「あれから1年経つんですねぇ……」
なんて話をしていた。そう、あれから1年。去年のこの時間は糸満のホテルで〈カマヘレ〉からの連絡を待ちながら待機していた。その頃から〈ホクレア〉は島を見失い、翌日の昼近くまで彷徨うことになった。その間、2時間おきに起きて、ロビーに集まり、〈カマヘレ〉から送られてくる位置を確認して、再び寝て、起きて、を繰り返した。ということで、僕が日本航海で最も印象に残った1日を、ここで再録&追加しておきます。あの時の気分を、もう一度皆さんと共有したいので。

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すでにお聞きおよびの方も多いかと思いますが、24日午前1時、〈ホクレア〉は沖縄・糸満港に無事着岸いたしました。エスコートボートから視認したのは夕方5時30分頃。セイルを畳んで、〈ホクレア〉は〈カマヘレ〉に曳航されながら近づいてきました。いやはや、これまで幾度となく写真で見てきた姿ですが、ナマで、それも日本にやって来るようすを見た瞬間、僕は言葉を失いました。
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内野さんは昨日の夜、つまり沖縄のすぐ近くにいながらも島が見えない夜が、ヤップからの航程のなかでいちばんつらかったと言っていました。しかし、海の上で出会ったクルーが皆元気なのにびっくり。荒木タクジさんの表情も、海でバッタリ出会ったときとまったく変わらない。声も相変わらず大きいので、海の上ではよく通ります。いちばん疲れているのはナイノアかもしれない。そして何よりカヌーの上に4人の女性がいると、とても穏やかな印象を与えるものですね。
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内野さんを通訳に、エスコート役の西村一広さんとナイノアさんは海の上で入港の段取りを打ち合わせ。当初は「クルーが疲れているのでできるだけ近くの港に入りたい」という希望だったものが、「明朝は天気が荒れそうなので、今日のうちに糸満に入りたい」というものに変わり、急遽糸満港に連絡、などという慌ただしい作業がエスコートボートの上で続くわけです。
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速度はおよそ3.5〜4ノット。このままだと入港まで10時間はかかるね、などと話していたら、〈ホクレア〉はセイルを上げ、ちょいと速度も上がります。彼らも同じことを考えていたのでしょう。行きには2mほどあった波も、糸満に近づく頃には鏡のように穏やかになり、さらに幸運なことに、入港の頃には満潮、潮止まりを迎えていたので、かなりスムーズに入港できました。あれほどの低速で入って来ながら、けっこう小回りの効く〈ホクレア〉の性能にはちょっとびっくり。

あんな深夜にもかかわらず、200人ほどでのアットホームな歓迎。海の上からも三線と手拍子は聞こえていましたよ。陸上で見ていた人の話によると、最初に〈カマヘレ〉が入ってきた時には大歓声が上がり、続いて〈ホクレア〉が入ってきた時には静まりかえったとのこと。たしかに夜の入港というのは、なかなか神秘的なものでした。ホントは2艇を泊める場所が暗くて見えないので、岸壁で待つ知り合いに電話をかけ、クルマのハザードを出してもらって確認、なんていう原始的な方法で着岸したのでした。
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気になったのは、夜の場合はアウトリガーカヌーやカヤックがエスコートボートからは視認しにくいこと。気持ちはよーくわかるけど、大きな船を先に行かせましょう。もうひとつ驚いたのは2艇を舫うロープを受け取る相手がおらず、港で取材していた内田正洋さんと、一緒に見ていた彼のサバニ仲間が急いで駆けつけて〈ホクレア〉と〈カマヘレ〉をようやく着岸させたこと。この期におよんで陸からのサポートが組まれていないことには慌てました。このような段取りは、今後の寄港地での小さいようでいて非常に大きな課題となりそう。

写真は「発見後」間もない時の〈ホクレア〉クルーです。非常に寒かったし、全員防寒着でフル装備なんだけど、マカナニさんだけは上半身ハダカでした。下の写真は言うまでもなく、ヨットの姿をした〈鋼鉄船・カマヘレ〉。この船、あんなに揺れるものとは思っていなかった。

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以下は1年後の今、思い出すあの日の話です。

「発見」後、僕たちの乗っていた漁船を先頭に、〈カマヘレ〉と〈ホクレア〉がついてくる。漁船は彼らに合わせて速度を落とさなくてはならないので、揺れること揺れること。この状態で10時間かよぉ〜、と、最初は逃げ出せるものなら逃げ出したい気分だった。しかし、その速度にも慣れる頃には日も暮れて、〈ホクレア〉の緑色の灯りを眺めながら僕はとても幸せな気分になっていった。

陸上の誰かに、無性に電話をしたくなった。茅ヶ崎のYASUはどうだろう?
「来たぜ!〈ホクレア〉を見つけたぜ!今一緒にいる!みんなに伝えといて!」
「わっかりやしたぁ〜」
日本航海終了後、この電話の相手がハワイまで〈カマヘレ〉を返しに行くことになるなんて、この時は考えもしなかった。

「ホクレアの上に見える星、何だかわかりますか?」
海王丸から助っ人に来てくれていた奥一等航海士が、すっかり疲れ切った僕に声をかけてくれた。
「あの星がホクレアですよ。ホクレアとホクレアのツーショット、凄いですよね!」

沖縄の人たち、陸から海を見ている人たち、沖を行くこの船が何だかわかるかな? あの陸地に住む人の何人くらいが〈ホクレア〉を知っているんだろう? こうしてはるばる日本まで来てくれたけど、これからいったいどうなるんだろう? 果たして歓迎されるんだろうか、それぞれの寄港地に人は集まってくれるんだろうか? すっかり闇に変わった海の上で、かなり不安な気分にもなった。

徹夜で待機していたので、時折眠気に襲われる。再び目を覚ますと、そこには相変わらず〈ホクレア〉の緑の灯りが揺れていた。不思議だった。あのカヌーと一緒にいるだけで、どうしてこれほど幸せな気分になれるんだろう。ところで、あれは本当に〈ホクレア〉なんだろうか? 何も抵抗できない海の上で、不安やら疑いやら幸福感やらが勝手気ままに顔を覗かせる。もうどうなってもいいや。あの船が何者であろうと、あの船を無事に着岸させることだけを考えればいいのだ。

やがて海が鏡のように鎮まる頃、糸満港への入港が始まった。暗闇の中、クランク状の港の入り口を注意深く進む。後ろから来る2艇のために、懐中電灯で岸壁を照らす。
「ホクレア、もっと左だよ! そのまま行くとぶつかるだろう!」
奥一等航海士が叫ぶ。
「いや、違うか。あそこから曲がる気なんだ。凄いなぁ。ホクレアってあんなに小回りが効くのか」

慶良間諸島を拠点に置くシーカヤックガイド、大城敏さんは用意しておいたジェットスキーに乗り換え、2艇に着岸の指示を出しに行く。いよいよ本番だ。遠くから風に乗って手拍子のようなものが聞こえてきた。もうすっかり深夜なのに、出迎えの人たちがいる! 
あの船が本当に〈ホクレア〉だったことを、あの手拍子を聞いた時に実感したような気がする。着岸場所を知らせるためのクルマのハザードを確認した後、僕たちの船は〈カマヘレ〉に道を譲り、その後を静かに、ホンモノの〈ホクレア〉が通り過ぎて行った。暗闇の糸満港でマカさんのホラ貝が日本への到着を伝えた。岸壁で待つ人たちから盛大な歓声が上がった。
by west2723 | 2008-04-22 21:35 | ホクレア

〈ホクレア〉来航1周年記念アロハシャツ

突然ですが、ハワイ州観光局より〈ホクレア〉来航1周年記念のアロハが発売されます。ハワイのアロハシャツブランド《イオラニ》製。プリントはもちろん航海カヌーで(ただしセイルは1本なんだよな)、色はダークブルーとライトブルーの2色。サイズはS、M、L、XL。1枚6000円。ご注文の締め切りは4月11日ということで、けっこう急ぎますね。この売り上げの一部を、先日火災に遭ったナイノア・トンプソンご夫妻にお見舞い金としてお送りします。別途、寄付も募っています。

サイズ、購入方法などの詳細はこちらをご覧下さい。
by west2723 | 2008-04-04 22:14 | ホクレア

ナイノア・トンプソン氏宅、火災の件

多くの方にお知らせいただいているナイノア氏宅火災の件、ひとまずご家族の方々はご無事ということで何よりです。今のところ新聞に出ている以上の情報はありませんが、もう少し情報を集めて、何か助けを必要としているようでしたらお知らせします。あの大きな家にはきっと貴重な資料や、ナイノア氏にとって思い出の品々も多かったことでしょう。ご本人の心中を察しつつ、慌てず、騒がず、事態の推移を見守りたいものです。ひとまず、お見舞いの念をハワイに向けてお送りしましょう。

http://www.honoluluadvertiser.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/20080328/NEWS13/803280465

http://www.khon2.com/home/ticker/17117976.html
by west2723 | 2008-03-29 23:32 | ホクレア

全国の皆さん、Dukeが帰ってきました。

長崎のホクレア号歓迎熱血実行委員、Dukeさんが満を持してアウトリガーカヌーのホームページを開設しました。僕が知る限り、カヌーについてこれほど細かく、かつ広範囲にカバーしている日本語のホームページは無いと思う。まあとにかく、みんなで応援しましょう。http://hoena.net/

長崎と言えば、去年の今頃は〈ホクレア〉の寄港が予定されていながらも歓迎セレモニーの予算が全く組まれていなかった。それを聞いた歓迎実行委員会は、急遽募金によって100万円ものおカネを集め、長崎寄港は大成功を収めたのだった。そのように予算のない中で出航が遅れたにも関わらず、クルーは地元の漁師さん宅に泊めてもらいながらの歓迎を受けることができた。長崎は日本航海序盤で、最も危うい場面を切り抜けてくれたのだ。そしてDukeさんは、そのまんま〈ホクレア〉に乗せられ、福岡まで行ってしまったんだっけ。

思い出したよ、いろいろ。そう言えば、広島のダミさんがDukeさんのマネをしていたっけなぁ。このホームページを見ていると、いろいろな思いが蘇って元気になれるよ。ありがとう、Dukeさん。
by west2723 | 2008-03-10 21:51 | ホクレア

明日配信、雑誌『Tarzan』のメルマガより

実に7年間にも渡って連載された、内田正洋さんの『いざっ! カマ・ク・ラ』がこの号をもって最終回を迎えました。最初は『in the news』の中の小さなコラムとして、内田さんのイキオイに圧されて始まった連載でしたが、続けるうちに妄想が膨らみ始め、ハワイの航海カヌー〈ホクレア〉をテーマにした雑誌ができないか? なんて話になり、やがて〈ホクレア〉を日本に呼ぼう、という運動へ繋がり、そして昨年、ホントに〈ホクレア〉が来てしまうという夢のような経験をしました。
 
予想通り〈ホクレア〉の来航は全国ニュースにはなりませんでした。しかし沖縄から横浜に至る各寄港地では熱狂的な歓迎を受け続け、ローカルニュースのトップを飾りながら北上して行った〈ホクレア〉はさすがでした。大切なものは、ローカルのニュースなのだ。太平洋の島々に自信と誇りを取り戻させた革命船のオーラを、まざまざと見せつけられる日本航海でした。
 
「オレたちがグローバルスタンダードって呼んでるものなんて、少しもグローバルじゃなかったんだよな」
日本の海に浮かぶ〈ホクレア〉を眺めながら、何人の友人たちとそんな会話を交わしたことか。歓迎に現れる人々の中にはお年寄りの姿も多く、皆、一様に懐かしそうに〈ホクレア〉を眺める姿が印象的でした。

〈ホクレア〉を知るためにたびたびハワイへ取材に行き、ハワイを学べば学ぶほど日本が知りたくなる。そんなことを繰り返した連載でした。
「海から見る日本列島は、本当に美しかった」
横浜でゴールを迎えたナイノア・トンプソンの言葉に、この連載の意味を再認識したいものです。
内田正洋さん、7年間お疲れさまでした。
by west2723 | 2008-02-26 20:27 | ホクレア

すでにご存じの方も多いとは思いますが

去年の7月29日、ナイノア・トンプソン氏を招いて東京海洋大学で開かれたシンポジウムの主催者たちが、新たにブログを始めています。〈ホクレア〉来航1周年に向けて、あるいはその後に予定されている世界1周航海に向けて、あのシンポジウムをWeb上で展開して行こうという試みです。

http://hokusym08.exblog.jp/

海に関する「学問的な」話から「ちょっといい話」まで、航海カヌーや海に関するテーマだったら何でもアリで進んでます。シンポジウムを主催した後藤明先生という行動する学者さんから、内田正洋さん、西村一広さんという「漕ぎ」と「帆走」のエキスパート、あるいは各寄港地で〈ホクレア〉を応援した人たちが、皆さんここに集まって〈ホクレア〉後を模索中。ぜひ覗いてみてください。

皆さんシゴトを終えてからホロ酔い加減の時に集まってくるので、何となく居酒屋にでもいるような気分になれて楽しいです。僕はここの管理人と称していますが、『ホクレア号、西へ向かう』では足もとの身近な話を、シンポジウムブログではテンカコッカやら太平洋やらの大きめの話を扱いながら、どちらも続けて行くつもりです。向こうのブログは居酒屋なので、チャージはコメントをひとつ置いて行ってくれればうれしいね、というシステム。ただし、執拗に長いコメントや連続コメントは無粋だし、ネット上でのマナーに反します。そのあたりはオトナの判断で、よろしうお願いします。
by west2723 | 2008-02-22 08:50 | ホクレア

海王丸とホクレア

去年の今頃〈ホクレア〉は何やっていたんだっけ、と思ったので、このブログの去年の2月を見ていたら、何と、すでに明日が日付変更線通過だったんですね。あの船団、貿易風帯ではホントに速かったんだ。そして今、ドライドッグに入っている〈ホクレア〉の掃除は続いていて、先日、ホノルルに入った日本の訓練船、あの美しい〈海王丸〉の若い船員たちも〈ホクレア〉の掃除に現れた。陸上での自由時間なんて少ないはずなのに、やるよなぁ、海に生きる人たち。

〈海王丸〉と言えば奥一等航海士ですね。そう、沖縄の海に現れた〈ホクレア〉を、深夜にもかかわらず糸満港まで無事にエスコートした、あのオク・イットウコウカイシです。彼はテレビ新広島の番組の録画を若い訓練生に見せながら、〈ホクレア〉の解説を行っていたらしい。ホノルル到着の出迎えにはナイノア・トンプソンや西村一広さん、内野かなこさん、そしてマイク船長を始めとする〈カマヘレ〉クルーたちの姿もあった。西村さんが出てくると〈カマヘレ〉クルーが出てくる。日本ではサポートクルーに徹した西村さんのポジションが偲ばれますね。

到着後は〈ホクレア&カマヘレ〉関係者全員が船長公室に招待された。その場ではミクロネシア〜日本航海の話題ばかりだったという。彼らですら1年前の経験から抜け出せないのだから、僕たちが未だ〈ホクレア〉の姿を思い出してボケ〜ッとしてしまうのもムリ無いよな。ところでナイノア・トンプソン氏は西村さんに対して、世界1周航海のアイデアをかなり詳しく求めてきているという。すでに〈カマヘレ〉に替わる伴走船も物色中とのこと。非常にゆっくりではあるけれど、動き始めているようです。少なくともナイノア氏の構想の中では。
by west2723 | 2008-02-14 02:55 | ホクレア

〈えひめ丸〉事件から7年

2月10日、宇和島水産高校での追悼式のようすは、今でも全国のニュースで流れています。日本のキー局が今でもこの事件を伝えてくれていることに、少し救われた気分になる。地元紙では、同時刻にハワイでも行われた追悼式に〈ホクレア〉クルーが参列していたことも伝えられているそうです。ナイノアや内野かなこさんはもちろん、今年は西村一広さんの姿もありました。
by west2723 | 2008-02-11 11:39 | ホクレア

1月25日はホクレア・デイ

2007年1月25日、ステアリングの修理を終えた〈ホクレア〉と〈アリンガノ・マイス〉は、予定より19日も遅れてハワイ島を出航したのでした。あれから1年……。
という記念日だったからというわけでもないんだろうけど、今年の1月25日、ハワイ州観光局による新年のパーティが行われた。来航時にすっかり聴き慣れた『Discover Aloha』のキャンペーンソングが変わってしまうのは意外に寂しいもんだったけど、こうして2年目が始まるわけです。

会場には寄港地で会って以来の懐かしい顔ぶれがたくさんいた。ビデオクルーの吉田さんとは当然のように先日のテレビの話となり、何とかDVDにまとまらないか、なんて話をした。あの番組、横浜港の空撮の場面で流れたナレーションが非常に気に入っていたんだけど、あの原稿も吉田さんが書いたものらしい。さすがです。

僕も今になって、ようやく日本航海の場面場面を文章にまとめたくなってきている。2年目とはそういうものなのかな。まだ全体を通して1本の文章にまとめることはできないけど、場面場面だったらまとめることができそう。かなり主観も入るだろうけど。たとえば横浜のゴールをラフにまとめてみるとどうなるだろう?

続き
by west2723 | 2008-01-26 22:24 | ホクレア

Deep Planet ハワイ編/BS朝日 1月1日A.M.8:00〜

年明け、テレビでは〈ホクレア〉関係の先駆けとなったBS朝日、『Deep Planet ハワイ編』が何回かに分けて放送されます。そのシリーズの中から、『蘇ったハワイアンの誇り〜ホクレア号』がオンエアされるのは1月1日の朝8時〜9時50分。僕が『ホクレア号について語ろう!』という雑誌の取材でハワイにいる間、この番組スタッフが後半に合流し、最後には共同取材となった。だからあの雑誌をそのまんま動画にしたような場面がいくつか登場します。

「日本の人たちの最もスピリチュアルな部分に〈ホクレア〉を届けたい」というナイノア・トンプソンの言葉は、この時にビショップ博物館内で語られたものです。あの頃は、こんなに早く、これほどの成功裏に日本航海が行われるなんて想像もしていなかった。そして、そして、タイガー・エスペリ氏の貴重なロングインタビューやサーフィンのシーンも収められています。

このシリーズはDVD化されるとは聞いていたけど、まだ実現していない(はず)。もしもあなたがBS朝日を視聴できる環境にあるならば、ぜひご覧下さい。ただし、You Tubeなどの動画サイトには、絶対にUPしないようにお願いします。再放送やDVD化など二次使用の可能性があるものを、ネットに流してはすべてがお終い。そのような行為が法律に触れることはもちろん、放送やDVD化への機会を阻み、広く皆さんの目に触れる機会が失われることになるわけです。
by west2723 | 2007-12-30 13:15 | ホクレア