2009年 10月 29日 ( 1 )

CO2削減よりも、新鮮な酸素の供給にこそ僕は関心がある

前回の文章で長々と書いたけど、僕が最も環境に望むものは新鮮な酸素なのだろうと思う。そのためには森が必要で、海にはサンゴが欠かせない。Uddahさんの話によると、沿岸の藻類だってバカにならず、海の砂漠化を食い止めなくてはならないらしい。ご存じの通り、彼らはいずれもCO2を吸収して酸素を排出してくれるので、結果としてCO2削減と同じことを言っているんだけど、「CO2が多すぎる」と言われるよりも「酸素が足りない」と言われた方が、より切実な感じがするでしょう?

いずれにしても、新鮮な酸素を作り出してくれる海や森を始めとする自然は、目に美しいものばかりだ。生命を守ってくれる自然が美しく見えるのは、きっと生き物としての本能なのだろう。だからこそ、コンクリートの大きな建物やプラスチックの小さなゴミなど、自然の景観から浮いたもの、自然の中にあって美しく思えない人工物などは、何らかのカタチで生態系を脅かすものだと直感できる。環境を考えるにあたり、このあたりの美醜を見分けるセンスは意外に大切なのかもしれない。

ところで僕が子どもの頃、「環境」や「地球」という言葉は今のような使われ方をしていなかったように思う。どちらかというと「自然」という言葉の方が一般的だった。たとえば山登りで山頂に立ったおじいさんは、深呼吸をしながら「やはり自然はいいなぁ」と言っていたけど、「やはり地球はいいなぁ」とは決して言わなかった。その後に「やはり自然は大切にしないとな」という言葉が続くことはあっても、「地球を大切に」とか「環境を守ろう」だなどと大それたことは言わなかった。

それがいつ頃から、なぜ、恥ずかしくもなく使われるようになったのか? その頃の時代背景と、使い始めた人々、彼らが使い始めた理由を知ることによって、今の環境問題が抱える問題(何だか複雑な言い方だな)を解き明かすヒントになるように思う。いったいいつ頃なのだろう。少なくとも、アポロが撮った地球の写真以降の話だろうけど。
by west2723 | 2009-10-29 21:41