あの頃の〜未来に〜♪

新横浜で仕事が2件、その間に3時間も空くので「ご飯でも食べておこうかな」と思いながら歩いてみたんだけど、どのビルも、どの店も最近できたような歴史を感じさせない退屈なものばかりで入る気にもなれず、「そう言えば」ということで急に思い出したのが〈ラーメン博物館〉だった。かなりベタかな、とも思ったけど、たしかここには旭川の〈蜂屋〉が入っているはずだ。僕は特にラーメンにこだわりなどないけれど、〈蜂屋〉だけは時々思い出して、飛行機に乗ってでも食べに行きたくなることがある。ラーメンの薫製とでも言いましょうか、まとにかく、あのスープには何かヤバいものでも入っているんじゃないかというくらいの禁断症状を感じることがあるのだ。

で、この博物館、地下には昭和半ばの街を再現したスペースがある。昨今の「昭和ブーム」が始まる前から作られたスペースで、アカデミックとまでは言わないけれど、テーマパークとしての着眼は評価していいのではないかと思う。ビルの階段の古くささ、路地裏には小さな診療所、民家の窓にはわざわざ安っぽい花柄プリントの布が張られていたりして、確かにこうだった、と思い出すことがかなり多い。芸が細かい。設定が夕方だから、どこかの家の窓からは「鉄人28号」のテーマが聞こえてきそうだ。「巨人の星」では時代が今に近過ぎる。あくまでも「鉄人28号」なのだ。これが「鉄腕アトム」だったらやり過ぎだし、「月光仮面」ではちょいと昔に遡り過ぎじゃないかな。

と、気分が「鉄人」に至ったところで、僕はある強い思いに捕われた。このテーマパークが再現しようとした時代、つまり昭和の中頃には、今立っているこの場所、つまり新横浜(正確に言うと横浜市港北区小机町)で僕は少年時代を過ごしていた。あれはもう40年近くも昔のことだから、あの頃に較べれば、今は充分に未来と呼んでもいいと思う。『SMAP』の歌にもそんなフレーズがあったけれど、今、僕が立っている新横浜駅前こそが「あの頃の未来」なのだ。

今の子どもたちは「未来」について考えるのかな? と、ふと思った。「近い将来」ではなくて、あくまでも「遠い未来」。僕が子どもの頃はかなり考えていた、というよりも空想していたし、友だちとの会話の中にも「未来」という言葉はけっこう登場していたように思う。それだけ「夢」もたくさん見ていたんだろうと思う。

あの頃、第三京浜、鶴見川、新幹線、そして横浜線に囲まれた広大なエリアは一面の田んぼだった。そんな静かな田舎の上に不釣り合いな高架が架けられ、その上を時折新幹線がスッ飛んで行ったもんだった。新横浜の駅前には小さなバス停しか無かったし、あの田んぼの上でサッカーのワールドカップの決勝が行われるなんて考えもしなかった。しかし、それはあくまでも「行政」が机の上で行ったこと。多くの人にとっては受け身で関わってきたことに過ぎない。「未来」とは、もっと能動的で、夢があって、幸せになるために頑張って手に入れるような種類のものだ。

あれからオトナになる間、いったい何を手に入れたんだろう? 
鉄腕アトムは現れなかったし、2001年宇宙の旅には行けなかったし、国際救助隊に就職はできなかった。結局、手元に残ったのは携帯電話とiPodとプリウスくらいか。つまりナイノア・トンプソンが言うところの「小さな箱」ばかりだ。そして日本全国どこへ行っても新横浜駅前のような退屈なオフィス街が作られて行った、と。何だか、むなしいのぉ……。

などと、長々と書いた割にナカミが無いけど許してね。〈ラーメン博物館〉の話がとんでもない方向に飛躍してしまいました。つまり、あの頃の「未来」がこんなもんで良かったのかよ、という話。まあ、これからも時間が進む以上「未来」はあるわけで、何とかむなしくない方向に向かわなくてはいけないと、今からでも遅くはないはずだと、微力ながら思ってはいるんだけどね。
by west2723 | 2008-09-08 20:40 | 陸での話


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