ハワイがわかれば自分がわかる

「自分はいったい何者で、どこから来て、これからどこに向かうのか?」
ナイノア・トンプソンはどの寄港地に行っても、そんな問いかけを行っていた。そして、この言葉の意味についてはここで解説するまでもなく、ナマで〈ホクレア〉を見ることのできた多くの人には伝わっていたと思う。あの航海カヌーがハワイアンのルーツを探るために作られた、というストーリーを知る人にとってはもちろん、知らない人にとっても、なぜか見る者のDNAに訴えてくることがあった奇妙なカタチの船、正確にはカヌー。となると今後、大切になってくることは、見る機会の無かった人に、見た人がこの意味を伝えて行くことだと思う。

でもね、難しいよね。
「あのように筏のような小さな船がハワイから日本に来たというだけで、なぜそこまで大きな話に繋がって行くわけ?」
ナマで〈ホクレア〉を見ることのできなかった(しかし見れば何か思うことがあったはずの)多くの人は、きっとそう思うに違いない。〈ホクレア〉は文学でも音楽でも政治でも宗教でもなく海に浮かんでいるだけの船なのに、なぜそんな大きな話に飛躍してしまうのか。簡潔に説明できない。
c0090571_2027160.jpg
しかし今、世界中の多くの場所で、似たようなことを考えている人は多いに違いない。海など見ることもできないような大陸のど真ん中で爆撃に怯えながら暮らす人々や、海面が上昇してしまうことによって、これまで自分を育んでくれた海から住処を追い出されようとしている人々。誰にとっても、自分の命や、家族との繋がりや、友人や、そしてそれを見守ってくれる風景が危機にさらされた時、冒頭の問いが繰り返され、生き抜くエネルギーに変えているに違いないのだ。
「自分はいったい何者で、どこから来て、これからどこに向かうのか?」

そんな危機感を、平和に暮らす中で知ることができた僕たちは奇跡的に幸運だったと思う。平和を当然のこととして、衣食住に不自由が無い場所にいてそんなことがわかったんだから、そのヨロコビを知り、守り、伝える体力は充分。恵まれた環境に住む以上、それなりの努力をしなくてはいけない。シロートの僕たちでさえ頑張ろうと思っているんだから、その道のプロである研究者の方々には、さらに頑張ってもらわなくてはいけない。「なぜカヌーで世界平和がわかるわけ?」という問いに対して、研究室から離れたわかりやすい言葉で答えてあげてください。お願いしますよ!

僕は〈ホクレア〉を追いかけるためにハワイのことを少しは勉強し、ハワイには仲間も増えたし、大好きになったスラッキーギターの練習も始めたし、サーフィンやアウトリガーカヌーが一生モノの趣味になりつつある。島国ハワイに育まれた知恵って、何度も言うけど僕たち日本列島人のDNAとの相性がいい。寡黙にして謙虚で、しかも勇気があり、礼儀正しくて義理人情にも篤い。そんなハワイの人たちと接しているうちに、日本が失いつつあるものの重みを感じることになる。日本航海を通じて日本から〈ホクレア〉に発信した「平和に暮らすための島の知恵」も多かったんだろうけど、その価値は〈ホクレア・クルー〉には届いても、肝心の日本人には見えなくなってしまっていた。

いずれにしても遠く離れた土地の文化を学ぶ理由は、「自分とはいったい何者なのか」を知ることに尽きるのではないか。学ぶべきものは自分であり、自分を支える家族についてであり、縁ある人々であり、地域であり、仕事であり、風景であり……、そして、お互いに同じような思いを抱えながら遠い土地に住む相手であり、仲間であり……。そして、そのような愛すべき人たちが、お互いに逃げ場のないカヌーの上、海に囲まれた島の中、水を、食料を、資源を、土地を、自然環境を、分け合い、あるいは奪い合いながら、真空で、絶対零度で、光さえもない宇宙に漂う地球で共に暮らしている。

長い航海の果て、初めて陸を見た内野かなこさんは言っていたっけ。
「あそこには水があって、緑があって、人々の生活がある。そんな当たり前のことが、とても奇跡的なことに思えたんです」
はたして、その陸は平和でしたか?

うわお、酔っぱらって書いているうちにずいぶん話が大きくなってきたぞ。今日でこのブログを終わらせようと思って書き始めたんだけど、このワタシ、何か大きなこと言い過ぎてますか? ということで、夜書いた文章は翌朝見ると恥ずかしいことが多いもんで、明日また書き直すことにして、今日はこのくらいにしておきます。この週末、最後の一回を書いて、その後の段取りを考えたいと思います。おやすみなさい。
by west2723 | 2007-09-13 21:25 | ホクレア


<< ホクレア・デイズ ホクレア号、世界一周 >>