ワカッテナイからできなかったこと、できたこと

一昨年の夏、「今〈ホクレア〉が来てもヤバイ! まだほとんどの日本人は〈ホクレア〉なんて知らないし、このままでは出迎えさえできないかもしれない」と思う人たちで集まったことがある。ネットやクチコミで繋がり始めた〈ホクレア〉を応援しようという人たちが、初めてミーティングを持ったのだ。メンバーは大学の先生や博物館の人や海関係のジャーナリストや冒険家などなど、つまりシゴトではあまり会う機会のない人たちだった。〈ホクレア〉は実に様々な分野の人を必要とする、つまり多様性に富んだ集団を作り出すものだけど、この時から原型はできあがりつつあったようだ。

多様性があるだけにカバーできるフィールドは広がる。しかも皆さんそれぞれの分野で充分に知られた方々なので〈ホクレア〉を盛り上げて行く上で心強いメンバーだと思った。そして要所要所に海のプロが加わってくれればいい。たとえば内田正洋さんが各寄港地の仲間に声をかけてくれて、西村一広さんのような人が〈ホクレア〉を各寄港地にエスコートしてくれれば組織の概略はできあがる、などという具体的かつ楽観的プランを勝手に思い描いてたもんだった。

しかし、あの頃はクルーが延べ200人にもなるとは誰も想像していなかった。伴走艇には強力なエンジンが必要なことも、〈ホクレア〉を船積みで帰すことも、そして伴走艇は自走で帰ることも、誰も知らなかった。そして肝心の〈ホクレア〉も、日本の海域に入ることがどれほど危険なことかをまるで知らなかった。もしもあの組織のままで来航直前にこんな事実を突きつけられたとして、いったい誰がリーダーシップを執ったのだろう? クルー200人分のエアの手配は? 宿の手配は? 各寄港地への連絡は? 地元漁師さんへの協力要請は? 各実行委員会の横の連絡は? そして時々刻々変わり続けるスケジュールへの対応は? いったい誰が統括して行ったのだろう?

などなど、今思えば怖くなることばかり。いかに〈ホクレア〉をめぐる各分野での専門家が集まったにせよ、イベント全体を展開するノウハウやカネがあるわけではない。仮にあったとしても、2カ月以上もの間、いったい何人の職業を持つオトナがシゴトを休んで〈ホクレア〉につき合えただろう。結果は1つしかない。うまく行ったんだからそれがすべてだとも言えるけど、僕は今後のためにも、このような善意の集まりには特有の「甘さ」があることを認識しておいた方がいいと思う。

それは「自分のフィールドで善意を払えばそれでいい、これ以上のシゴトはその道の専門家に任せよう」という感覚。その結果、善意は払うけど最後まで「誰も」責任を負わないという事態が起こる。たとえばビーチクリーンイベントにやって来て一生懸命ゴミを拾っても、集積所に置いて帰ってしまうだけではビーチクリーンにはならない。集まったゴミを焼却場に運び、分別や消却にかかる費用を払って初めてシゴトは終わるのだ。

ましてこれはゴミを集める程度のボランティアではない。日本の海や日本の法律がまったく経験したことのない大きさのカヌーが命がけでやって来て、傷ひとつつけずにハワイに帰さなくてはならないという前代未聞のイベントなのだ。善意だけではとても太刀打ちできる相手ではなかった。これは今後いろいろ始まるであろう〈ホクレア〉後の活動にとって、非常にいい教訓として是非ともココロに留めておかなくてはならないはずだ。

結局、今回多くの人々が〈ホクレア〉に見た理想も未来も夢も勇気も、ハワイ州観光局の人たちの登場がなければ何も見ることはできなかったはずだ。そして観光局の人たちは、多少の罵声は覚悟しながらも、ココロを鬼にしてスケジュールを遂行しなくては、とてもじゃないけどあれほど気まぐれな集団を無事に横浜まで到着させることなんてできなかった。にも関わらず、きっと彼らも、例の「ワカッテナイ」攻撃に晒されたんだろうなぁ、と想像する。

「海のこと、ナンニモワカッテナイ」「クルーの待遇がナッテナイ」「スケジュールのことしか考えてイナイ」などなど。しかし、たとえワカッテナイとしても、それをサポートできる海の専門家が集まっていたんだから、お互いの役割をキッチリと分けて、海の安全は彼らに任せ、観光局の人たちはスケジュールの番人に徹したことが日本航海成功の大きな要因だったと思っている。いちいちみんなの言うことを聞いていたら、次に進めないでしょう? あの混沌とした現場を見ながら、僕はいつもそう思っていた。何をやるにしても他人が一生懸命やっていることに対してモンクしか言えないヤツは必ずいるものだけど、そういうヤツは〈ホクレア〉の前では何の役にも立たない。これは誰も経験したことの無いイベントなんだから、気づいた人が動く以外に何も解決しないのだ。

一昨年の夏、日本航海の行く末を心配して集まったメンバーは、そのまま東京海洋大学でのシンポジウムの主催者となって再会できた。もしかすると、あのシンポジウムは彼らや僕にとって最良の結末だったのではないだろうか。いちばん美味しいところをいただいちゃったのかもしれない。そしてシンポジウムの参加者の中には、すでにシゴトを離れ、リラックスした表情のハワイ州観光局の人たちがいた。あの日の彼らは、ようやく観客の一人として〈ホクレア〉の物語を楽しんでいるという雰囲気だった。ココロの専門家とビジネスの専門家、そして〈ホクレア〉を無事にエスコートした海の専門家、共に日本航海を支えた人たちが互いを補い合い、大きな対立を残すことなく、こうして最後に集まれたことが僕には何よりうれしかった。ささやかなことかもしれないけど、こんなところにも日本航海の成功を感じたのだ。
by west2723 | 2007-09-08 23:42 | ホクレア


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