誰のものでもない

雑誌は出したものの、雑誌の看板を離れれば僕なんてただの石ころで、〈ホクレア〉を歓迎するにあたっては小さな細胞に過ぎない。そんな細胞もネットによってニューロンを伸ばし、組織のようなものを作り始めていた。器官というよりも組織。脳になるには最低でも100億を超える細胞が必要らしいけど、僕の場合は大腿四頭筋の1本分くらいにはなれたのかもしれない。何たって、全国のシーカヤッカーやセーラー、つまり海を「ワカッテル」人たちが集まってくれていた。心強かった。

そんなしがない筋線維のもとに、1通のメールが届いたのは2005年の初夏。差出人はハワイの日本総領事とあった。心当たりはなかったけれど、その丁寧な文面を読みながら、僕は驚いて5分後にはフリーズしていた。曰く「日本のどなたにお知らせしていいかわからず、とりあえず〈ホクレア〉の雑誌を出版した方にお送りします」「〈ホクレア〉の日本航海が決まり、詳細は近日中にPVSから発表されます。内容は添付書類の通りです」「この書類は、寄港にあたっての協力を仰ぐ各地方自治体の知事さま宛にもお送りしています」「出航の予定は、まずミクロネシアに向けて12月末。日本には3月到着を目標にしています」

ガセでないことはすぐにわかった。PVSに近い人に電話で問い合わせてみると、決まったかどうかはわからないけど、そんな話はいつも出ている、という返事。「具体的に何か急ぐ理由でもあるの?」「少なくともマウ・カヌーを届けなくてはならないでしょう。マウもご高齢なので、急がなくてはならないでしょうね。台風シーズンを避けなくてはならないから、ハワイを出るチャンスは年末しかないらしい」。決まったわけではないと思う。決まったかどうかは、日本に向けて出航する時までわからない。そんなニュアンスが伝わってくる。それじゃあ出迎えの準備なんてできっこないよなぁ。

僕はマウ・カヌー建造開始のセレモニーには出席していたので、いよいよできるんだなと思った(実際に完成したのは今年の1月だったんだけどさ!)。
「カヌーの名前は〈木から落ちたパンの実〉だったかな。つまり誰のものでもないってこと」
その名前を聞いた時に、この計画はホンモノなのだと直感した。彼らの話の中に何かキラリと光る具体的なものがあれば、その計画は着実に進んでいることを意味すると思ったのだ。
ヤバイ。本当に〈ホクレア〉が日本に来てしまう。
by west2723 | 2007-09-05 03:00 | ホクレア


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