"I will be Back!!"とマカさんは言った〜その1

金曜日の夜、できるだけ早く仕事を切り上げて葉山に向かったつもりが夜の9時を回っていた。元漁師の番屋を改造したような、波の音が聞こえる非常に快適なスペースには、マカさんを始め、葉山ではおなじみの顔ぶれが10人ほど集まっていた。1週間ぶりに会うマカさんは元気そうだ。みんなで持ち寄ったと思われる酒や料理が並んでいた。僕もマカさんが愛してやまないと言う「にごり酒」を用意して行ったんだけど、行く先々での歓迎に少し疲れていたのかな? 酒にはあまり手を着けず、野菜を口に運ぶことが多い。

今回の〈ホクレア〉日本航海で、もっとも多くの日本人と話をしたクルーはマカさんだろう。〈ホクレア〉を見に来る人々にはわかりやすいゆっくりとした英語で語りかけ、時には〈ホクレア〉の中を案内し、サインの求めにも真剣に応じていた。何たってマカさんのサインはイラスト入りだから時間がかかるのだ。各寄港地ではクルーが皆〈ホクレア〉を下りた後もひとりでロープの整理に追われていた。「マカはいつも最後になる」とみんなは言うけれど、マカは常にみんなのために働いており、自分の荷物は最後にまとめる。だから遅くなるのだ。

宴も終わりに近づく頃、仕事を終えたKTRが現れた。高校教師であり、モロカイホエ出場者でもある彼は、横浜では〈ホクレア〉の上で授業を行った。最初は乗り気ではなかった生徒たちの目が次第に輝き始め、結局〈ホクレア〉が横浜にいる間、毎日横浜港に通う生徒が続出したという。授業を行うためにはクルーの協力が不可欠。というわけでKTRはクルーに対して非常に気を遣っていたはずだ。三崎〜七里ヶ浜〜横浜レグではクルーとして乗り込んでいたけど、最後にはス テアリングを任されていた。そんなこんなで「きちんと働いた」KTRと話す時のマカさんは非常に楽しそうだ。

「カヌーを漕ぎたい」というマカさんの希望によって、翌朝予定されていた湘南アウトリガーカヌークラブの練習会に参加することになった。突然の求めに応じてくれたカヌークラブの皆さん、ありがとうございます。ただし特別扱いはしないので(てゆーか海の上ではお客さん扱いなんてできないので)、マカさんも2時間の間、漕ぎまくっていました。それが4番目のシートの役割であるとは言え、パドリングの合間、ヒマを見てはカヌーから水を掻き出す作業をしているマカさんの姿に、この人はどこまでも"One for the Others"の人なんだなぁ、と思ってしまったのだ。
by west2723 | 2007-07-01 07:05 | ホクレア


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