はじめてのハワイ〜その1〜Gabby Pahinui

この、あまりに強烈だった〈ホクレア〉の日本航海を忘れないために、そろそろこのブログもまとめに入らねばいかんね。きっと非常に長くなるので、何回かに分けて進めて行こうかと思っています。最初は音楽の話から行きましょう。音楽はいいよ。部屋で流すだけで、いつでも〈ホクレア〉の姿を思い出すことができる。

まず自分のことから話すと、僕はもともとハワイの文化に傾倒したり、ハワイアンミュージックを聴くようなタイプではなかった。〈ホクレア〉の追っかけを始めて7年になるけれど、それまでハワイに行ったことすらなかったという、ハワイに関してはまったくのモグリなんです。だから僕のハワイ音楽へのアプローチはかなり偏っているのかもしれない。

まとにかく、Gabby Pahinui、およびPahinui一家の音楽はよく聴いている。きっかけは僕が長年愛聴してやまないギタリストのライ・クーダーで、彼が1976年に出した傑作『Chiken Skin Music』にGabbyが登場したからなのだ。ライ・クーダーという人は、こうして意外なジャンルの誰も知らないアーティストを引っ張り出してくる、いわばポップ・ミュージック界の考古学者のような人なんだけど(あのVuena Vista Social Clubもそうだったように)、そこで聴ける緩〜いチューニングの、ゆったりしたプレースタイルにココロを奪われてしまったのだ。それがスラッキーギターだった。
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その時、すでにハワイアンの世界では大御所だったGabbyとセッションを行うにあたり、ライ・クーダーは何度も何度もハワイに手紙を送ったという。とは言えなかなか返事はもらえず、最後にはハワイまで直談判に行くという、まるでナイノア・トンプソンとマウ・ピアイルグ先生とのサイパンでの会談のようなことまで行った後に、ようやく『Chiken Skin Music』での演奏にこぎ着けたのだった。上の写真、『The Gabby Pahinui Hawaiian Band』のセッションにもライ・クーダーは加わっているけれど、まるでベテランの〈ホクレア・クルー〉のようにあくまでも控えめ、かつ堅実な演奏を聴かせてくれる。そう、このバンドは音楽界の〈ホクレア〉なのだと思うよ。
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ところで『Chiken Skin Music』が発売されたのは1976年、つまり〈ホクレア〉が最初のタヒチ往還を行った年だ。世間一般ではこの航海をきっかけにハワイアン・ルネサンスが始まったと言われているけれど、音楽の世界ではとっくにルネサンスは始まっていたことになる。何たって、Gabbyの『ブラウン・アルバム』は72年発売(上の写真)。しかもバリバリのハワイ語による演奏なのだ。
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ということで〈ホクレア〉後の夏の日、Pahinui Familyをお勧めしておきます。ハワイアン・ミュージックに特有の「心地よさ」よりも、もうちょい骨太の、聴けば聴くほど味が出るタイプの演奏。Gabbyじゃ濃すぎる、というのであれば、息子さんのCyril Pahinuiなんていいかも。12弦ギターのスラッキーギターは、この季節、お風呂上がりにお勧めです。って、この人がこのブログで出てきたのは、たしか3度めですね。

ところで〈ホクレア〉が日本にいる間、僕のアタマの中では『Hawaii Aloha』という曲が鳴りっぱなしだった。この曲、ハワイの音楽に詳しい人にとっては定番らしいんだけど(ハワイ州歌?)、お勧めの演奏があったら教えてください。僕は今、この曲を聴くと、海の上を静かに走る〈ホクレア〉の姿がそのまんま浮かんでくるのです。
by west2723 | 2007-06-25 07:14 | 音楽


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