バッファロー、メル、そしてナイノア

ホノルル・アドバタイザーのホームページを眺めていたら、4日にホノルルで行われた〈ホクレア〉出航セレモニーの記事が掲載されていた。実際の出航は先の話なので陸上の写真ばかりなんだけど、その中に1点、76年の初航海でクルーを務めたメンバーが集合した写真にココロを奪われた。



タヒチ到着を目前にして、ベン・フィニ博士をブッ飛ばしたバッファロー・ケアウラナ。ところでこの2人、今では和解してるのかな? 長州と会津のように。真相を直接バッファローに聞いてみたい気はするけど、あの顔見ちゃうと怖くてちょっと聞けねぇな。今でもマカハのライフガードであり、年に1度、鵠沼海岸で行われるバッファロー・クラシックで来日する。茅ヶ崎を拠点に、子どもたちに海でのいろいろな遊びを教えるボランティア集団『あめんぼクラブ』の顧問的存在でもある。

初航海当時は20歳。最年少で〈ホクレア〉に搭乗したメル・キニーは、今では映像作家として忙しい日々を送っている。エディ・アイカウに憧れてノースショアに通い始めたのが10代の頃。
「海の上ではいつもエディやタイガーが僕をやさしく迎えてくれた。僕が大波に乗れずに戻ってくると、エディは声をかけてくれるんだ。『メル、今度は僕が見ていてあげるから、もう一度、大きな波に挑戦してみないか?』」

メルのおじいさんは、現代ハワイアンミュージックの基礎を築いたとされるギタリストでもある。
「でもね、あの頃の僕はロックばかり聴いていたな。ライフガードタワーに吊されたラジオから流れるヒットパレードを、毎週楽しみにしていた。エディはハワイアンもうまく歌ったけど、The Byrdsの曲なんかもよく歌っていたよ。そう言えば、ラジオでビートルズの新曲が発表されるっていうんで、エディと息を殺して待っていたこともあった。その曲が『Sgt.Peppers……』だったんだけど」

みんな今では50を越えたオッサンだ。しかし初航海当時は3人とも20代。〈ホクレア〉を支えてきたのは、そんなに若い連中だったのだ。たった30年の歴史だけど、この30年は本当に重い30年だったことだろう。日本に来る来ないなどという、陸上での論理ばかりに気を奪われていると、どうしても彼らの目指したものを見失いがちになる。しかし、こうしてOBが揃った姿を見ていると、改めて〈ホクレア〉が日本を目指す意味の大きさを感じる。日本の皆さん、この機会を大切にね!
by west2723 | 2007-01-06 13:29 | ホクレア


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