ナイノア・トンプソン来日 Part2

c0090571_2313592.jpg照明が落ちた後、講演会は『ガイアシンフォニー第3番』、ナイノアが登場するパートのダイジェストで始まった。本番の2週間ほど前にお願いしたにもかかわらず、龍村仁監督の快諾をいただき、監督の事務所で8分ほどに再編集してくれたという、貴重な映像だった。

その後は主催者である福岡県を代表して、副知事による挨拶。続いて〈ホクレア〉転覆事故の後、〈ホクレア〉存続の危機を救ったジョージ有吉元ハワイ州知事の「日本語による」スピーチが続き、いよいよナイノアのスピーチが始まった。冒頭に「予定をオーバーするかもしれないけど」と言った通り、このスピーチは1時間にも及んだ。

内容は「ホクレアとは何か」について。つまり、これから〈ホクレア〉を知る人のための「ホクレア入門」なんだけど、〈ホクレア〉の30年を振り返り、要所要所に登場したキーパーソンを紹介する、という形式で話が展開していった。PowerPointを使ってのプレゼンテーション。コンピュータはナイノアの奥さんが担当する。

ナイノアが選んだキーパーソンを並べるとこんな感じ。ハーブ・カネ、ポリネシアに唯一残っていたという、サンタクルズ島の伝統航海士「テバケ」(僕はこの人物についてほとんど知識が無い。呼び名もこれでいいのかどうか、はっきりしない)、マウ・ピアイルグ、そしてエディ・アイカウ、ナイノアのお父さんピンキー、そして最後にカワノ・ヨシオ。

「学問的実験航海」という側面についてはほとんど触れないのがナイノア流なのかと、改めて思ったのだった。ハーブ・カネには詳しく触れるものの、ベン・フィニの名前は出てこない。あくまでもポリネシアン・ルネサンスを軸に話が展開する。そして今回の〈ホクレア史〉の最後を飾るのはカワノ・ヨシオ氏。マニアにとっては周知の通り、ナイノア育ての親とも言える日系人の漁師。カワノ氏(ナイノアは彼のことを「ヨシ」と呼ぶ)は山口県の出身なので、来年予定される日本航海の寄港地に山口が入っている理由が垣間見えてくる。ナイノアが個人的に、最も立ち寄りたい海は山口県の海なのかもしれない。

「多忙だった両親に替わって、ヨシが幼い頃の僕を海に連れて行ってくれた。日本式の漁船や釣りの方法などを通じて。人間が海とどのように関わればいいのか、そのすべてをヨシが教えてくれた。ヨシの家に遊びに行くと、枕や(なぜ唐突に枕が出てくるのかはわからないけど)家具や木造家屋など、すべてがハワイの自然に溶け込んでいた。ヨシは常に自然が神聖なものだと教えてくれた。そして自然の中の神聖なものが僕たちを守ってくれていると教えてくれた。それはカヌーの精神とまったく同じものだ。だから僕はヨシの誇りと共に日本に航海しなくてはならない。だから……僕は……ハワイにとっていちばん大切なものを、〈ホクレア〉と共に日本に運ぶことになる……」
by west2723 | 2006-09-25 23:58 | ホクレア


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