しまなみ海道〜その1

まだ日の高いうちに鞆の浦の駐車場を発つことにした。次に来る時は、絶対に海の近くに宿泊し、朝日や夕日に染まる海を眺めながら過ごすのだ。ということで今回は混雑から撤退し、広島に戻ろう。
とは言え高速道路ばかり走っていても面白くないなぁ、なんて思い始めた頃、「しまなみ海道←」という表示をみかけた。「何、こんなところから四国まで行けちゃうわけ?」ということで、カーナビの制止を振り切って、迷わず今治方向への車線を選んだ。昨日の夜、瀬戸内カヤック横断隊はこのあたりにいるという話だった。彼らはさらに先へと進んでいるだろうけど、いったいどんなところを漕いで行ったのか、できれば少し見ておきたいとも思ったのだ。



それにしても、だね、瀬戸内海というところにはホントに島がたくさんあってビックリする。広島あたりには小高い山がたくさんあるけれど、あれが海抜マイナスになれば島になるのだろう。などという理屈はともかく、海から突然里山が生えてきていると言うか、島と島の間に海があると言うべきなのか、関東から初めて来た日本人にとって、この風景はかなりの衝撃だ。僕は以前、宮城県の松島に行き、小島が点在する有名な風景にはさすがに驚いたものだったけど、こっちは規模が違うね。巨大な松島なのだ。その巨大な松島が淡路島から関門海峡のあたりまで続いているというんだから、もう驚く以外にないのだ。この風景を松尾芭蕉に見てもらいたかった。松島であんなに驚いているくらいだから、瀬戸内海なんて見たら腰を抜かしていたんじゃないだろうか。
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僕の友人には瀬戸内海出身者が多いけれど、彼らからこんな話は聞いていなかったように思う。北海道や新潟、九州などなどの出身者からは、何度かお国自慢の話を聞くことがあった。だからこそ行ってみようという気にもなったのだけど、瀬戸内海出身者、しかもアナウンサーとか役者とか、けっこう目立ちたがりの職業に就いたヤツが多いにも関わらず、皆一様に故郷の自慢をしなかったのだ。

「それはおそらく、彼らにとって、この風景が当ったり前だからじゃぁないですか」
というのがダミさんの解説だった。
「日常的に漁師のオッちゃんと話したり、ちょっと出かけるのにもフェリーに乗ったり、ヒマがあれば釣りに行ったり、そんなことは東京の人には珍しいことかもしれんけど、こっちの人間にとって、話題にも上らんほど当ったり前のことなんですよ」

なあるほどなぁ……。何となく、決して大げさではなく、僕はこれまで、何か非常に大きなことを見逃していたのかもしれない。〈ホクレア〉が来た時に、たとえば瀬戸内海の人と湘南の人では、同じものを見ているようでいて、実は全く違うものを見ていたのかもしれない。言葉にすれば「日本の海もいいね」「日本の海の文化を失いたくないね」「やっぱ日本人も海洋民族としてさぁ……」と同じ日本語になるけれど、その中身はかなり違うのではないか。

もちろん違いは違いとして受け容れればいい。しかし、その違いに気づかずに雑誌なんて作っているようでは、いずれ道を踏み外してしまうことだろう。東京にいて、二年も三年も海を見ずに過ごすことなんて珍しくない。海を生活の一部にしている人と、波乗りやカヌー、つまり余暇を過ごしに海に行く人との間では、見ているものは同じ海でも、海から与えられるもの、感じ取れるものはまるで違うはずなのだ。そして、これは海の話に限らず、東京から発せられるあらゆる情報についても同じことが言えるのではないか、なんてことを考えてしまうのだ。(続く)
by west2723 | 2009-12-06 16:33 | 陸での話


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