鞆の浦(とものうら)〜その1

順序から言うと原爆ドームの後は平和記念資料館になるところだけど、そこで見たものを言葉にするにはかなりの時間が必要になりそう。ということで、少し話を先に進めます。
二日めの夜は、広島市内のホテルはどこも満室。初日に泊まったホテルのフロントによると、最近の広島市内のホテルは、週末になるといつもこのような状態だという。やはり、広島ブームはホンモノなのかも。てことで二泊目は福山市にホテルを予約し、翌朝、"噂の"鞆の浦へと向かった。



コトの是非はともかく、この「鞆の浦」は来年あたり観光地として確実にブレイクするはずだ。
かつて「〈ホクレア〉が鞆の浦に来たらいいね」という話を聞いたことがあったので、僕も名前だけは知っていた。ちょうど「湘南に〈ホクレア〉を呼ぼう!」という声が高まり始めた頃だった。つまり鞆の浦は湘南にとっての江ノ島のような、瀬戸内海の象徴的存在なのだろうと思っていたのだ。

潮の流れが複雑な瀬戸内海にあって、古くから「潮待ち」の港として栄えたという。陸上にたとえれば、人の往来が重なって賑わう交差点のようなイメージだろうか。
「宮城道雄の『春の海』は、この海で作られたんですよ」という話をダミさんから聞いた。宮城道雄は明治生まれの人物だけど、平成になった今もなお、この〈鞆港〉をモデルに『崖の上のポニョ』が作られた。時代を超えて人を魅きつける何かが、きっとこの港にはあるのだろう。
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これだけ条件が整えば、それだけでブレイクの資格充分なのだけど、今年、さらに勢いをつけたのが例の「景観裁判」だった。この集落の道は狭く、クルマが通るにはとても危険であり、下水道の敷設にも支障をきたし、経済活性化の妨げになる。というような理由で港の一部を埋め立て、ここに橋を架けて広い道を通す、という計画が持ち上がった。そこに景観保護を訴える住民たちが原告となり、県知事を相手に訴訟を起こしたものが今回の裁判だった。結果は10月1日の全国ニュースになった通り、この種の裁判としては極めて異例の「原告勝訴」という判決が下った。

裁判所が保護を言い渡すほどの景観とはどんなものなのだろう? ニュースを知った誰もが、この小さな港に興味を抱き、いよいよその名が全国区となった今年の10月、ここ鞆の浦でNHK大河ドラマのロケが行われた。来年のテーマは坂本龍馬であり、龍馬率いる海援隊の船が紀州藩の船に衝突した場所もまた鞆の浦なのだ。そのシーンを再現すべく龍馬役の福山雅治さまご一行が鞆の浦にやって来た。幕末の風景がそのまま残っているんだから、スタッフはラクなんだろうなぁ。(続く)
by west2723 | 2009-12-02 10:13 | 陸での話


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