「政治ブーム」の今だから、〈ホクレア〉について

僕はあんまりテレビというものを観ないけど(観始めると何もせず、あっという間に1日が経っちゃうからで、決してカッコつけているわけじゃありません)、最近は政治がらみの話題が多く、観ておかないとまずい話題もあるので、ついテレビの前に長居してしまう。今回の内閣ってどこか「生徒会」のような印象があるけど、まとにかく、大臣というのは忙しいんだなぁ、と思う。僕にはとても務まりません。なんて、誰にも頼まれないだろうけどね。

だからこそ彼ら新閣僚の行く先々で、これまで見えなかった多くの問題が明らかになる。明らかになるだけでも大きな進歩だと思う。結果については別の評価が下るんだろうけど、今のところはいい感じですね。そう言えばアメリカの大統領も若手ビジネスマンのような印象だった。何たって、飛行機のタラップを駆け足で上っちゃうだけでも好感度アップというものだ。まとにかく、あれだけ大げさな選挙の末に念願の立場に就いたわけだから、大いに働いてもらいましょう。

とは言え今回は、政治の話ではありません。むしろこのブログではできるだけ政治の話はせずに、右の人にも左の人にも民主のヒトにも自民のヒトにも共産のヒトにも、誰にでも読んでいただける内容にしたいと思っています。で、今回は久々に〈ホクレア〉の話。政治と〈ホクレア〉について、ふと思ったことについて聞いてもらおうという次第です。
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今になってなお印象に残っていることは、〈ホクレア〉にはまったく政党色や宗教色が感じられなかったということなのだ。とは言え政党の色彩が濃いヒトたちはいろいろ近寄って来ていたし、何となく宗教的だね、という感想を聞くことも多かった。しかし〈ホクレア〉や〈ホクレア〉クルーは、そのような「意図」とはまったく別次元にあった。だからこそ、誰もがあれほど〈ホクレア〉に対して無防備に接することができたのではないかと思っている。

だってそうでしょう? ハワイから航海機器を何も持たずに日本までやって来たというカヌーを港に見に行きたいと言う気持ちには、民主も自民も関係ない。右も左も無い。自動車会社の人にも自衛官の中にも見に行きたい人はいるだろうし、エコな人たちも森ガールたちも見に行きたいだろうし、反原発の人だけではなく電力会社勤務の人が見に行きたいと思ったって大歓迎だ。〈ホクレア〉の前では誰もが平等。まずは〈ホクレア〉を見て、みんなが何かを思えばそれでいいのだ。

〈ホクレア〉は、ただいつもの方法で日本にやってきただけだ。そこに主張があるとすれば、「人には丸腰のまま、カヌーで太平洋を渡ってしまう知恵が備わっている」ということ。そして「その能力を引き出すためには、カヌーの上は常に平和でなくてはならない」ということ。そして「クルーの一人一人が、全員に対して自分にできる最大限の貢献をするということ」、そして「クルーの一人一人が全員から必要とされていること」

そのような〈ホクレア〉が、仮に「ワタシは◯◯党を支持します」なんて立場に回ってしまったら、その瞬間からみんな夢から覚めちゃうんじゃないだろうか。もちろんこれからも、そんなことには絶対にならない。〈ホクレア〉は、あくまでも現代流の伝統航海術を実践するカヌーに過ぎないのだ。だからこそ〈ホクレア〉なのだ。それ以上の意義は、周りで観ていた僕たちが思い思いに解釈すればいい。なんてことを、「政治の季節」にふと思った次第。これからも、あの無防備な〈ホクレア〉やクルーが、政治的なことに、政治のからむ無粋な話に、巻き込まれて行かないことを願うばかりです。
by west2723 | 2009-11-17 01:28 | ホクレア


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