助けたいと思った

宮城県の小学生4人が踏切で倒れたおばあさんを救った、というニュースをご存じですか? さっきテレビのニュースにこの小学生たちが映ったんだけど、彼らのようすにはホントにココロが洗われた。小さいニュースかもしれないけど、ここでそのようすをお知らせしておきましょう。

ことの起こりは先週土曜日の昼だった。
・遊びに行こうと集まっていた少年2人少女2人、4人の小学生が、人通りの少ない田んぼの真ん中にある複線の踏切を渡っていた。
・彼らが渡り終える頃に警報機が鳴り始め、彼らの後ろで遮断機が下りた。その時、後ろで「ガシャン」という音がした。
・見るとそこには倒れた自転車の下敷きになって動けないおばあさんの姿があった。周りには買い物袋から飛び出した野菜などが散乱していた。おばあさんは貨物列車の迫る線路の真上に倒れていた。貨物列車はすでに踏切から100mのあたりまで迫っていた。

で、ここからの彼らの行動が凄いの何の!

・少年の一人が自転車を踏切の外へ持ち出す。
・少女の一人がおばあさんを踏切の外へ連れ出す。
・もう一人の少年が散乱した荷物を集める。
・もう一人の少女が踏切の緊急停止装置を押す。

そして貨物列車は踏切を通り過ぎ、80mほど先でようやく停止した、というものだ。

無事に助けた、という彼らの偉業についてはひとまず置いといて、この咄嗟のチームワークはどのように作られたのだろう、と思う。カヌーが転覆した時にもこのような役割分担があるけれど、それだってある程度の練習が必要になる。しかし、彼らは列車が100mまで迫る中、咄嗟の判断で各自の役割を完璧に果たしたのだ。いったい誰がこの短い時間の中で指示を出したのだろう? 小学生ながら、驚くべきリーダーシップだ。

そして今日、彼らはJR東日本から感謝状を贈られたとのこと。記者の質問に対する言葉は表題の通りです。少年の一人が語ったコメントだけど、シンプルで、まるでエディ・アイカウじゃないか。少女の一人のコメントは「怖かった」という正直なものだった。しかし、それでも助けに行った。

人が人を助けたいと思うのは本能なんだろうか? なぜなら彼らはまだ小学生であり、「人が踏切で倒れていたら、命をかけて助けなくてはならない」なんて学校ではきっと教わっていないはずだからだ。むしろ「危険だから近寄ってはいけない」と教わるかもしれない。しかし、彼らは「助けたいと思った」。もしも僕が同じ場面にいたとして、果たして彼らと同じ行動が取れただろうか。助けたいとは思っても、ここまで首尾よく救出できずに無惨な場面を迎えてしまうかもしれない。なんてことを咄嗟に想像してしまって、救出にさえ行けないかもしれない。

これほど重く清々しい言葉を、最近は聞いたことがなかった。何だか深く癒されてしまった。救出された女性やJRばかりではなく、僕たちも彼らにはココロから感謝しなきゃいけないな。
by west2723 | 2009-05-14 23:19 | 陸での話


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