Green Collarって何だ?

連休に入って以降、天気のいい日が続いたせいもあり、かつ公私共にあっと驚くようなことが多かったので、なかなかこのブログを開く時間がありませんでした。が、とにかく元気です。

ところでこの数週間の間、「Green」という言葉に関わることが多かった。グリーン・ニューディールとかグリーン税制とかUddahさんのオーシャン・グリーンとか……。言うまでもなく「環境」の代名詞として使われる「Green」のことです。もしかすると「エコ」という言葉がすっかり時代遅れになって、代わりに「Green」が使われるようになったのでは? と思うくらいの勢いではありませんか。

そんな中、とりわけ僕の感覚に刺さった言葉は「グリーン・カラー」というものだった。



この場合のカラーとは「色」のカラーではなく「襟」を意味するカラーのこと。そう、従来からあった「ホワイト・カラー」「ブルー・カラー」という労働者の分類に、新たに「グリーン・カラー」という存在が加わったというものだ。なあるほど。この言葉からは非常に穏やかな仕事ぶりが想像できる。この言葉には、ヨノナカを変える力さえ感じる。ただし具体的にどのような仕事なのか、というと、残念ながら僕の知る限り思い当たるものが無い。

この言葉を流行らせたのは例によってオバマ政権で、その政策に掲げられた「グリーン・カラーの創出」という項目から広く使われ始めたらしい。ここで言う「グリーン・カラー」とは「環境問題を解決に向かわせるあらゆるジャンルの仕事」のことで、その中にはハイブリッドカーの開発や代替エネルギーの開発など、従来から進められていたものも含まれるという。でもね、せっかくパワーのある言葉なんだから、もう少しハードルを高くしてもいいんじゃないだろうか。いかにハイブリッドカーを開発したところで、クルマを売るという仕事の内容まで変わるわけではない。代替エネルギーを開発しているからと言って、それが「電気使い放題のライフスタイル」まで変えてくれるわけではない。

ひとまず環境のことは置いといて、もっと「暮らしやすい」「人に優しい」ヨノナカを実現させるために働く人たちのことを「グリーン・カラー」と呼んではどうかと思う。何よりもまず、不景気のせいでささくれ立ったり、閉塞感を抱えたりする人のココロを修復してくれないことには、環境を守ろうなどという機運は育たないのではないか、といつも思う。

一言で言えば「癒し」と「福祉」に過ぎないのかもしれないけど、たとえば目の前にいる老人の介護のために戦う人たちだって「グリーン・カラー」なのではないか。誰もやらないならオレがやる、と立ち上がる産婦人科医志望の医学生だって「グリーン・カラー」なのではないか。限界集落に人を呼んで、その村の風物を守ろうとする役場の人だって「グリーン・カラー」なのではないか。第一次産業の世界に飛び込んで、食料自給率を上げようと頑張っている人たちだって「グリーン・カラー」なのではないか。つまり、自分の事は後に回して、周りの人々が安心して暮らせるようにカラダを張る人こそが「グリーン・カラー」の先鋒なのだ。まず最初に、彼らの「志」こそ優遇されるべきだ。

もちろん「環境」だって人類危急の大モンダイだと思う。しかし、人のココロが満たされないことには、なかなか「環境」へなんて気が回らない、というのが僕の考え方だ。ゴミの分別くらいはつき合うけれど、広く地球全体の環境を憂うなんてことは、余裕のあるクラスの人々に任せておけばいい、と主張をする人たちの気持ちも理解できる。何たって、エコ関連商品ってほとんどが高額だからね。

ヨノナカの空気を読まずにいきなり「環境」を持ち出すなんて、何やら胡散臭いなぁ、と思う。今のうちに言わせておいてください。僕は「グリーン・カラー」という言葉には注目しているし、共感もできるし、何より確実に、今年末〜来年あたりのキーワードになると思っています。だから今のうち、インチキな「グリーン・カラー」が大量発生しないように、クギを刺しておくからね、というわけです。今日のワタクシ、何かめちゃくちゃなことを言ってるかもしれないけど、このままUPしておきます。意味不明な点があればコメントで受け付けます。オヤスミナサイ。
by west2723 | 2009-05-09 01:20


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